昭和58年、日本シリーズ第6戦の10回裏。
ギャイアンツファンにとっては、終生、忘れられん
悪夢だったとちゃうやろか? 江川vs金森。
あの対決は、投手対打者の心理を、典型的に表わし
とったと思いますわ。
江川は、何といっても、球界を代表する投手や。
一方、金森のほうはちゅうと、西武ファン
でも、名前も知らん(失礼!)選手。
誰が見たって、打てるとは思わん。
こんな場面の投手は、一番つらいんですわ。
満塁でONと対決するほうが、なんぼ楽か
わからへん。ONなら、打たれて当然、
「ようシングルヒットに抑えたなぁ、ようやった」
てな、もんですわ。僕もよく、
打たれて褒められました。これは、ジョーダンやけど。
さて、江川は、あの場面で、どう思われたか?
「金森? 知らんなぁ。いや、なんか出てきたな、
田淵さんとか、大田さんならよかったのにな。
ここで抑えな 何言われるか、わかったもんじゃない。
まぁ、打てんとは思うけど、バットに当たって
しもたら、どないしよ? 緊張するわ。
誰ぞに、代えてくれへんかしら?」
大阪弁では、考えへんかったやろうけど、
だいたいこんな心理状態やったと思います。
一方の金森、これは気が楽や。
打てんかて、誰も文句いわれへんのやから、広岡さんかて、
打てると思て出したんちゃうと思うわ。
「三振して もともと。いっちょう
思いっきり振り回したろ。ひょっとして当たるかも?」
無欲の境地や。こら、強いで。
ピッチャーゴロでも、
「よう、バットに当てた、あんたは、エライ!」
やからね。
あのレフトへのヒットは、こんな心理の
違いから生まれたもんやと思います。”窮鼠猫を噛む”
ちゅう、あれですわ。江川いうても
同じプロ野球の選手、ネズミがネコに噛みつくほど、
打つのが難しいとは思えへん。
投手にとって、自分よりランクの低い
打者と初対戦するときほど、重いプレッシャーを感じる
ことはないんです。
なんせ、相手は
バットという”木ぎれ”を持ってますがな。ええかげんに
振り回したかて、当たることは
ありますやん。
当たったボールがフラフラと内野の頭を越す
ことかて、ないとは言えません。力のある
ピッチャーほど、初対戦を嫌がるんは、こないな理由に
よるんです。
バットさえ持っていなかったら、
絶対、打たれへんのに!
悪くても、フォアボールや...。
備考:この内容は、
昭和59-6-27
発行:青春出版社
著者:板東英二
「プロ野球
知らなきゃ損する」
より紹介しました。