「10年間、辛抱できますか?」...
(浅利慶太 劇団四季芸術総監督)
要は、自分の生き様ですよ。自分の生き様を
正せば、その人の話を聞いて育ってくれる
んですね。それを、「こうやって育てよう」と、
技術論ばかりに終始する。
植物だってほとんど
自生で、ちょっと整えるだけでしょう。学校も
家庭も社会全体が、あまりにも、技術的に
捉われすぎると思います。
僕は、防空壕の中で縮こまりながら生きてきた
世代です。終戦の年は中学1年生で、戦後の
大混乱期です。育てられたという意識は
ないし、時代の激動に対応して自分が必●に
なって生きて、育ってきたという感じですね。
だから四季での僕の指導は、まさに体当たりですよ。
思ったこともズバズバ言うし、ただ、
基本だけは、みっちり教育する。
ヤンキーズの松井秀喜君でも見ていると、
基本通りになっていますよ。アメリカに
行ってバッティングの基本をもう一度、自分の
体に叩き込んでいるのでしょうね?
あのくらいの
プロフェッショナルでも一番必要なのは、
やはり基本なんです。演劇でも、それが
できていない子は伸びない。ただ、好きなだけと
いう子は、稽古が辛くなると、すぐに辞めてしまいます。
伸びるのは、逆に根性を持って自分の
夢を実現しようとするタイプでしょう。
僕は、オーディションの時に、「10年間、辛抱
できますか?」と質問します。
誰もが「できる」
と応える。でも、実際は、1年以内に多くの子が
ヤメていってしまいます。俳優とは人それぞれで
伸びるテンポが違うので、自分だけの
時計を持たないといけないんです。
ところが、
「私はなぜ、あの人のようになれないのだろう?」
と、ついつい他人の時計を覗いて、自分を
見失ってしまうんです。
逆に、不器用でも、10年から15年やって
いると、自然にテクニックが身について上手く
なって行くものです。
2枚目でもなくて声も
いまひとつで、身体能力も高くなくて、あるのは、
根性だけという子でも、10年、地道にやると、
結構いい、バイプレーヤーになります。しかも、器用でない分、
苦労し、人格的に深みが出てくる。
ですから、訓練に耐える力も。じっと持つ
ことができる力も、芝居を通し続ける資質も
すべて才能なんです。
先日も、新人団員たちを前に話をしたのですが、
「君たちは、いままでは公平に扱われる
社会で育ってきた。だが、これからは違う。
四季の敷居をまたいだ途端に 不公平な社会に
入るんだよ」と。
僕はなんでも育ててやるという
戦後教育の公平感は間違いだと思うし、
それは恐るべきことですよ。社会環境が豊か
すぎるのも、いいことばかりではない。優しい
環境を与えてやれば人が育つというのは、誤解
ではないでしょうか?
「好きなだけの子は伸びない」
という話とは、いささか矛盾する
ようですが、
「好きこそものの上手なれ」という
言葉もあるくらいで、やはり、情熱でしょうね?
情熱を持った人間が、何かを
創り出していく。あるいは、狂熱といっても、
いいかもしれない。不可能と思われることでも、
それに執着する情熱ですね...。
備考:この内容は、
令和4-3-25
発行:致知出版社
「1日1話、読めば心が熱くなる
365人の生き方の教科書」
より紹介しました。