佐藤愛子「人は負けるとわかっていても...」
(作家 佐藤愛子)
「花はくれない」で、父(佐藤紅緑)を
書きますとき、日記とか何かいろいろ読んでますと、
バイロンの言葉で、
「人は負けるとわかっていても、戦わねば
ならないときがある バイロン」
というのが、あちこちに
書いてあるんです。
そこで、「花はくれない」を出すときに、副題
として、その言葉を扉の裏に書いて、
出版したんです。
その後、「戦いすんで日が暮れて」
のような経験をして倒産しましたでしょ。
昭和42年に、2億円の借金ですから、もう何が
なんだかわからないという金額です。
夫は、行方がわかりませんし、子どもが
小学校に行っていますから、私は、逃げる
わけにはいかないから家にいると、借金取りが
私に向かって、やいやい言う。そのときにね。
「人は負けるとわかっていても、
戦わなねばならないときがある」
という言葉を思い出すんですよ。
それで、借金を、片っ端から背負ったんですよ。
その頃、母が一緒にいましてね。
「もう、お前と暮らしていると、そういう
むちゃくちゃなことをするから私は
生きたそらがない」
って言いましたけど。
それと、もう1つね、私は現代医学をあまり
信用しないので、整体に行っているんですけど、
整体の先生がある日、私の体を診て、「佐藤さん、
何があったんですか? ひどい体になってる!?」
っておっしゃる。
「実はうちは倒産して、いま借金取りで
こうでこうで」と言ったら、
「佐藤さんね、苦しい
ことがあった時に逃げようとするとね、
かえって苦しくなりますよ。
その苦しさの中に、座り込んでね、
受け入れたほうが楽ということも、
あるんですよ」って言われたんですよ。
それで、私はその整体の先生を
尊敬していましたので、父の日記に
書かれていたバイロンの言葉と、
先生の言葉とで、借金を引き受けたんです。
何も私が背負わなきゃならない肩書き
なんかしていないですから、
逃げようと思ったら逃げられるんですけどね。
そういう向こう見ずな佐藤紅緑の血が、
私にもあるんですね...。
備考:この内容は、
令和4-3-25
発行:致知出版社
「1日1話、読めば心が熱くなる
365人の生き方の教科書」
より紹介しました。