空飛ぶ円盤で火星人がやってきた。
着陸した地点は、山の中のコダマの名所。
「お～い」と呼べば「お～い」と答えるのは、
山のコダマのやさしき原則。 
「おれはやって来たぞぉ」と叫ぶと、谷の向こうから、
「おれはやって来たぞぉ」と声がかえってくる。
火星人は、うれしくなり
「火星からだぞぉ」と叫ぶ。
コダマの返事は
「ばかにするなよぉ、
火星に生物なんかいるものかぁ...」 
宇宙人なんかいてたまるものかとの
件粉常識は、コダマにまで及んでいる。
と同時に、宇宙人を扱った小説やマンガが
かなりあることは、本当にいたらさぞ、
おもしろいだろうとの、万人の願望の
現れなのだろう。
アメリカの大衆がいつから宇宙人を
信じなくなったのだろう？ 1938年10月30日
以来なのではないだろうか？ 
この夜、ウェルズ原作の「宇宙戦争」が万聖節（ハロウィーン）番組
としてラジオドラマで放送され、その迫真の
演出で全米が大騒ぎになった。 
あとで、だまされたと知った人々は、はなはだ不愉快
だったにちがいない。2度と騙されないぞ。
この時の体験者は、将来、本物の
宇宙人来襲の臨時ニュースを聞くことがあっても、
たぶん信用しないだろう。「オオカミが来た」
という物語の現代版である。 
私も、かつて円盤に熱中した時期があった。
あってたまるかというたぐいが実在する
とすれば、これは熱中する価値があると
いうものだ。円盤研究会なるものに入会し、
会合のたびにでかけた。もっとも、
出席しても「不思議だ」とか「実在だろうか？」とか
「みたいものだ」との文句をくりかえすばかり。
「研究」と称するのは、おこがましい
ことであった。
しかし、そのあげくにSFを書く
ようになったのである。私が今日なんとか食えて
いるのは、もとはと言えば円盤のおかげ。
円盤の実在を他人に証明してあげることは
できないが、私の人生の決定的要因で
あることは確実であり、広大無辺な宇宙意思との
触れあいであり、私の内的世界から
その影の消えることはない。密かに考える
のだが、このようなものを「神」と呼ぶ
のかもしれない...。
とまぁ、私は、日本人だから、こう真面目に
思いつめてしまうが、アメリカでの円盤
ブームは、円盤ジョークのブームで
あったらしい。
Take me to your leader.という
文句のパロディである。代表者（リーダー）に会わせて
くれとの意味で、他星を訪れた地球人がそこの
住民への第一声としても使うし、地球へ
やってきた宇宙人の最初の挨拶でもある...。 HALLO～
他星に行った酒飲みの探偵隊員は、
「バーテンダーに会わせてくれ」と言い、ソ連の
隊員は「独裁者（ディクテイター）に会わせてくれ」と言い、
ヌーディスト村におりた宇宙人が
「服屋（テイラー）に会わせてくれ」と言うたぐいである。
しかし、語呂合わせのおかしさで翻訳しにくい
ものがある。
フランスに降りた宇宙人は、「代表者の
前にブリジッド・バルドーに会わせてくれ」
と言い、モナコでは「代表者の婦人に
会わせてくれ」と言い...、
書店に入ったやつは
「ロリータに合わせてくれ」と言う。
意味はわかるが、もとの文句に親しみのない
私には、さほど響いてこない。
こういったのが 山のようにあるのである、
考えてみると、この種のジョークは
パーティで話しても列席者の誰かの
気に障る危険がない。映画監督をからかう
小話をしたはいいが、そばにいた人が
映画監督だったとなると、どうも具合が悪い。
宇宙人の話は、安全保障つきというわけで、
アメリカ人の好みに合い、それが流行の
一因となったのかもしれない...。
「長い囲いが出来たね？」と言うと、
「へーい（塀）」と答える。これが、最も短い日本の
小話だそうである。
「あれが空飛ぶ円盤か？」と聞くと
「そーさー」と答える。という
のはどうだろう？ 
アメリカ人には、
どこが面白いのかわかるまい。お互い様である。
空飛ぶ円盤（フライング・ソーサー）は愛称で、
正式には未確認飛行物体、
略して「UFO」という。宇宙人が
ペンキを使い、円盤の外側に大きく「UFO」と
書きながら、仲間に言っているマンガがある。
「地球の奴ら、我々の乗り物を見ても、
気球や天然現象の見間違いだなどと
言いやがって、不愉快だ。これでもう、
つべこべ言わさないぞ」
ジェネラル・モータース社の上空に
円盤が現れる。重役たちは、それを見上げ
「商売敵のフォード社が開発した
新しい乗り物で、我社に見せつけて悔し
がらせるために出現したとしか
考えられないな...？」
地球人には、円盤を見ても、別なものと
思いたがる性質があるようだ。
（天文台も保証、これぞ真の円盤）とのレッテルを
貼り付けたのが出現しても、まあ信じないだろう...。
「メッセージ」（2017）
「インディ・ペンデンスデイ」（1996）
「未知との遭遇」（1978）
備考：この内容の文章は、
初版：平成29-12-1
第7刷：令和3-12-30
発行：新潮社
著者：星新一
「進化した猿たち・
宇宙人たち」
より紹介しました。
（編集後記）
画像は、筆者が
適当に貼り付けました。
画像が、面白くない点は、
お詫びします。
テヘペロ...。
