エスカレーターを降りていくと、店の壁の
端まで続く行列が見えて来る。中本の店舗は
いつ行っても混雑しているが、ラーメンなので、
回転は速く、15分くらい待つと、中に入る
ことができた。
券売機で食券を買う。
私が、いつも食べるのは
「蒙古タンメン」だ。
お店の名前にもなっているこの
蒙古タンメンは、公式辛さレベル「5」
という表記がされていて、
辛いのは辛いのだけれど、その中の旨味が
際立つ一品なのだ。
一番辛い「北極」まで
いくと、辛すぎて、お金を払って何をやって
いるんだろう? と途中で心オレてしまうので、最後まで
美味しく食べられるベーシックな
蒙古タンメンが私は好きだ。
この日も、「蒙古タンメン」を注文した。
しばらくすると、
私の蒙古タンメンが、運ばれてきた。
久しぶりに対面したそのビジュアル。
味噌タンメンの上には、野菜と特性の辛い
麻婆豆腐が乗っている。
麻婆豆腐と混ざりあったとろみのある
スープは赤く、箸で麺を持ち上げると、よく
絡みついてくる。それを、ズズズッとすするのが、
「中本ファン」としては、たまらない瞬間なのだ。
麺を口に運ぶと、辛い中にも旨味が
ガツンとやってくる。食べ始めると、箸を止められない。
これほど、中毒性の高い食べ物を、私は知らない。
1人で、蒙古タンメンと向き合っていたその時、
急に地面が揺れるのを感じた...!
「うわっ、地震だ!」
ガタガタと、食器も音を立てている。
体感として、そんなに大きな揺れでは
なかったが、ラーメンを1人で、すすっているときに
来る地震はなかなか慌ててしまう。
不安げに辺りを見渡してみると、周りの人もザワザワ
しだしていた...。
そんな喧騒の中、隣の席のお兄さんだけは、
何も感じていなそうな顔で、一心不乱に
ラーメンをすすり続けていた...。
「え、この状況下でも、箸を置かないんだ~?」
震度は「2~3弱」くらいだったので、あまり
大きな地震ではなかったのだけど、鈍感で
なければ気がつくレベルの揺れだったと思う。
目の前にある辛さに夢中で鈍感になって
しまうのか?
何か、使命があって、ここで箸を止めることを
禁じられているのか? 何が彼をそうさせるのか?
と、一見異様な光景にいろんな仮設を
考えてしまう...。
その後、地震の揺れは止まり、
店内は、落ち着きを取り戻していた。
けれど、私は、隣のお兄さんが、どうにも
気になってしまい、食べながらチラチラと盗み
見ていた。彼は、その後も止まることなく、
一定のスピードで、額に汗を滲ませながら、たまに
卓上のティッシュで鼻をかみながら麺を
食べ進め、
ついに「北極」を完食したのだ...。
あまり人の食べているところに注目
したことはなかったのだが、地震が起きても
なりふりかまわず、食べ続ける姿と、その強い気持ち、
完食後の満足そうな顔に 全力で拍手を送りたい
気分になった...。
店から立ち去る彼の姿を見送りながら、
私の激辛ペヤングを食べる動画も、そのような
気持ちで見てもらっていたのかもしれないと思った。
その臨場感たるや、プロレスの試合を
1試合見終えたかのような満足感があったのだ。
一心不乱に、儀軌からを食べる姿は
見応えがあって面白い。
お兄さんを見ているとそんな風に
客観視できたのだが、でもやっぱり緊急事態の
ときは、箸を置いたほうが賢明だとも
強く想うのであった...。
備考:この内容は、
2022-1-26
発行:KADOKAWA
著者:SAORI
「散歩するアンドロイド」
より紹介しました。