ファンタジー小説の3大名作
といえば、J・R・R・トールキンの
『指輪物語(THE
Lord of the Rings」、
C・S・ルイスの
『ナルニア国ものがたり』、
アーシュラ・K・グウィンの
『ゲド戦記』である。
私が、ファンタジー小説家として
デビューした頃にも、この3冊は、
必読の書と言われており、慌てて
『指輪物語』と『ゲド戦記』シリーズを
続けて、読破した覚えがある。
(『ナルニアものがたり』
シリーズは、小学生の頃に
読んでいたのです)。
この3作は『不朽の名作」と
呼ばれると同時に、
「映像化不可能」とも言われていた。
我々の住む世界とは、あまりに異質な
世界観をどう表現するか、
壮大にして深遠過ぎる
ストーリーを、どこまで描き切れるのか、
そして、原作のファンたちの
思い入れが、あまりに強くて
視覚化に対する抵抗が大いに
予感されることなども、
映像化を拒む大きな障害となっていた
のだ。
実際、私自身も、この3作品に
対する思い入れが強く、
失望させられるくらいなら、いっそ
映像化してほしくない、とも、
願っていたくらいである。
ところが、2000年代に
入ってから、この3大名作が、立て続けに
映像化された。
「指輪物語」と、
「ナルニア国ものがたり』が
実写の映画に、
『ゲド戦記』は
アニメになったのだ。
最初に、『指輪物語』が、封切られた時、
私は、この作品をあえて見なかった。
先程述べたとおり、
「失望したくない」という想いが
強かったのだ。
しかし、3作品の
なかで、もっとも思い入れの強い
『ゲド戦記』のアニメ化に
際しては、それが、あのジブリ作品で
あることに、多少の信頼感と
期待感を抱いて、映画館まで
足を運んだ、そして...
もののみごとに失望した(笑)。
「本当に、見なきゃよかった」と、心の底から
思った。
原作の大ファンで
あるだけに、怒りも強く、
「アーシュラ・K・ル=グウィンに土下座
しろ!」とまで、思ったくらいだ。
この『ゲド戦記』トラウマに
より、私はますます
『指輪物語』と、
「ナルニア国物語』を
見る気が
失せてしまったのであるが、
ある時、友人の家で、
『ナルニア国物語』の
DVDを見るハメになり、
その出来栄えに、心ならずも
感心してしまった。
「ナルニア国ものがたり」を夢中で読んだ
のは、小学校3年生の頃だった
のだが、あの当時の、みずみずしい
感動と、憧れが一気に蘇った気分
だった。
物語は、ほぼ原作に
忠実で、「冬の魔女」や「ライオンの
アスラン」など映像化が
難しいそうな、ファンタジックな登場人物
たちも、期待を裏切らなかった。
そしてついに、私は、3大名作の
なかでもっとも映像化が困難
と思われる『指輪物語』を
見る気になったのである。
映画版『指輪物語』
(ロード・オブ・ザ・リング)の
感想を、ひとことでいうなら、
「映画は、ここまで進化
したのか!」という驚きであろう。
特筆スべきは、
CGを駆使したファンタジックで
壮大なシーン...
『スター・ウォーズ』で
我々を震撼せた映像技術は、
日本のアニメやゲームの
影響を取り込みながら、
(そう、いうまでもなく、
そこには、「ドラゴンクエスト」や
「ファイナルファンタジー」の影響が
ある!)
より壮麗に、よりリアルに
「ファンタジーの世界観」を
表現し得たのだ。
原作は、長文
であるがゆえに、やや冗長な
部分もあるのだが、映画版は
その部分もクリアして、怒涛の
ような物語のうねりに、我々を
巻き込んでいく。
21世紀の映像技術は、ついに、
ファンタジー世界と、人間世界を
繋ぐ扉を開けたのだ。
それが、「禁断の扉」であったのかどうか?
と言う判断は、後継者たちに
委ねることとしよう...。
備考:この内容は、
2009-2-27
発行:宝島社
著者:中村うさぎ
「SF・ファンタジー
映画の世紀」
より紹介しました。