近頃、お姉さんの様子が、ヘンなんです。
直子さんが、何を話し掛けても、上の空。
目は、どこか遠くのほうを、
ぼんやり見ているようです。
今朝も、こんなことがありました。
直子さんが、起きてみると、
お姉さんは、もう台所に立っていました。
コキコキ、コキコキ、コキコキ。
そんな音が、聞こえてきます。
直子さんが見ると、お姉さんは、いくつもいくつも、
キャットフードの缶詰を、
缶切りで開けているのです。
「なにを、しているの？」
直子さんは、首をかしげて聞きました。
「ネコちゃんに、ごはんを
あげなくちゃね。」
と、言いながら、お姉さんは、なおも
缶詰を開け続けています。
もう、20缶ちかく、開けています。
直子さんは、ゾッとしました。
だって、直子さんの家には、ネコなど、1匹も
いなかったからです。
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その日の、夕方のことでした。
「ただいまぁ～」
直子さんが、学校から帰ってくると、
家の中は、シ～ンと、静まり返っています。
「誰も、いないの？」
鍵を開けっ放しで、不用心だな？ と思いながら、
自分の部屋に行こうとした
ときです...。
チュルチュル、チュルチュル。
浴室の方から、奇妙な音が聞こえます。
直子さんは、ドアを、こわごわ
開けてみました。
「だれ、そこに居るのは？」
「いやだ！ あたしよ。姉さんよ！」
何をしているのやら。覗きこんだ
直子さんは、ギョッとして
立ちすくんでしまいました。
チュルチュル、チュルチュル。
お姉さんは、ケチャップのチューブを
手にしていました。
そして、それを、浴槽の
中に、絞っているのです。
浴槽は、もうすでに、
半分くらい、真っ赤なケチャップで、
いっぱいです。
「お姉さん！」
直子さんの、叫び声が、浴室いっぱいに、
響きました。
お姉さんは、「フフフ」と、笑うと、
ゆっくりと、立ち上がり、つぶやきました。
「これじゃ、足りないのよ、足りないわ！
もっと、買ってこなくちゃねぇ...」
お姉さんは、サンダルを、つっかけて、
外へフラリと、出ていきました。
直子さんは、真っ赤なケチャップの
お風呂を見て、呆然としてしまいした。
「そうだ、これじゃいけないわ！」
我に返った直子さんは、
お姉さんの後を追うように、表に飛び出しました。
玄関の外で、買い物から帰ってきた
お母さんに、会いました...。
「お母さん、お母さん、
お姉ちゃんが、ヘンなの！」
直子さんは、泣き出していました。
「お姉さん？」
お母さんは、怪訝そうな顔をしました。
「お姉さんって、誰？ おまえに、
姉さんなんか、いないじゃないの！」
お母さんは、買い物カゴを、
玄関の上がり口に、ドスンと起きました、そのはずみで、
倒れたカゴから、真っ赤な
ケチャップが、何本も転がり出てきました...。
備考：この内容は、
1995-8-5
発行：KKベストセラーズ
著者：滝口千恵
「こどもの読めない童話・
直子さんの悪夢・
恐怖家族のしあわせ」
より紹介しました。