佐藤青南「私のカレーライス」... | Q太郎のブログ

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パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

 

 

 

 

 

 熱した鍋から、パチパチとサラダ油の

 

弾ける音がする。まな板を傾けて角切り肉を

 

流し込むと、ジュワ~ッと白い煙が上がった。

 

赤い断面がみるみる白く染まっていく...。

 

 

 

 肉の焼ける香ばしい匂いのせいで、

 

口の中に唾液が溢れてきた。

 

「美味しそう。ねぇ、このまま

 

食べても、よさそうじゃない?」

 

 

 

返事はない、独り言になってしまった

 

ことが不満で、私は頬を膨らませた。

 

 

 

「全部、食べちゃうからね~」

 

せめてもの

 

捨て台詞を吐いて、コンロに向き直る。

 

 

 

 

 焼けた肉の表面が、しっかりと旨味を

 

閉じ込めたようだ。

 

今度は、タマネギと、ニンジンを投入し、

 

炒める、煮崩れしやすいジャガイモは、

 

最後のご登場。タマネギが透明になるまで

 

じっくりと火を通してから、水を加えた...。

 

 

 

 カレーライスは、健二の大好物だ。

 

料理のリクエストを募ると、いつも決まって

 

カレーライス。味覚がお子ちゃまよね。

 

指摘すると、あからさまに、むっとするところが、

 

更に子ども。そこがカワイイんだけど。

 

 

 

 とにかく必然的に、カレーライスは

 

私の得意料理になった。使うのは、市販のルウ

 

だけど、料理本やネットで研究を重ねた、

 

私のカレーはひと味違う...。

 

 

 

 

 沸騰した鍋から、丹念に灰汁(あく)を取りながら、

 

無意識に鼻歌を口ずさんでいた。イギリスの

 

なんとかというバンドの曲だ。

 

健二と向き合い始めてから、すっかり洋楽派に

 

なってしまった。もともとは、J-POP

 

一辺倒だったのに、すっかり健二色に染まって

 

染まってしまったのは、悔しいけれど、変わっていく

 

自分には驚きと、そして、なにより喜びを

 

感じる...。

 

 

 

 

 健二と出会ったのは、2年近く前の

 

ことだった。きっと結婚式では、きっかけは友人の

 

紹介、ということになるのだろう。

 

要するに、合コンだ。

 

 

 

 

 最初、大学時代の友人から誘われた

 

時点では、乗り気じゃなかった。そもそも私は、

 

合コンというものが好きじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女漁(あさ)りに、目をぎらつかせた、

 

ちゃらい男どもが集まる

 

催しというイメージしかなかった。

 

それでも、参加したのは、親友の「莉緒」も行く

 

ことになったからだ。

 

 

 

 

 出会いを求めていたわけじゃない。

 

女ともだちとの同窓会の感覚だった。などという

 

弁明は、もはや説得力ZEROだろう。

 

結局、私は、合コンで出会った健二と、恋に落ちた

 

のだから...。

 

 

 

 

 ただ、1つだけ言い訳をしておくと、

 

私はその日のうちに「はいはい」と男について行った

 

わけではない。

 

 

 

 

社会に出て5年、その間、恋愛では、

 

けっこう痛い目にも遭った。

 

特に妻子ある男との2年は、つらかった...。

 

 

 

 もう失敗はしたくないし、年齢的には、

 

そろそろ結婚を見据えた交際もしたい。

 

出会ってから半年間、慎重に相手の人間性を

 

見定めて末の、決断だった...。

 

 

 

 

 炒めた肉と野菜をじっくり煮込む

 

こと30分。普通なら、ルウを入れるところだが、

 

私のカレーは、ここからが違う。

 

 

 

 チョコレートをひとかけと、

 

スプーン1杯のウスターソースを入れて、

 

さらに10分煮込む。

 

この隠し味で、市販のルウにも、

 

ぐっと深みが出る。

 

 

 

 

「そんなもの、入れても入れなくても、

 

味は変わらないよ!」

 

 

 

いつも健二は、言うけれど、胃袋は正直だ。

 

隠し味を入れるようになってから

 

おかわりの回数が増えたことに、

 

私は、気づいている...。

 

 

 

「そんな事言うの?

 

デリカシーのない男ね!」

 

 

 

 次に浮かんだのは、腕組みをし、

 

唇を曲げた莉緒の不満そうな顔だった。

 

 

 

 

 たしかに健二は、デリカシーのないヤツだよ。

 

部屋は散らかすし、脱いだものは、脱ぎっぱ

 

だし、タバコは、ベランダか換気扇の

 

下でって、言っているのに、部屋に行くと、いつも

 

タバコ臭いし...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、いいところも、いっぱい

 

あるんだよ。やさしいし、おもしろい冗談を

 

言って笑わせてくれるし、音楽とか映画とか、

 

私の知らないことを、たくさん教えて

 

くれるし...。

 

 

 

 

 

 

 私は、頭の中で反論する。そして、頭の中でしか、

 

反論できない自分に、少し

 

いらっとする。

 

 

 

 

 最初から、莉緒は健二のことを、よく

 

思っていなかった。

 

 

「合コンに来る男なんて

 

ろくなやつじゃないって...!」と、

 

 

自分も合コンに行ったことを、

 

棚に上げて、健二を批判した。

 

 

 

 

当然、付き合うことにも反対されたし、

 

付き合い始めてからは、ことあるごとに

 

 

 

「別れたほうがいいよ!」と、

 

助言めいた口ぶりで言ってた。

 

 

 

 

たしかに、私よりも莉緒のほうが経験豊富

 

だし、そのぶん男を見る目も、あるのかも

 

しれないけれど、頭ごなしに決めつけられる

 

のは、おもしろくない、そもそも、健二の

 

ことは、私が、一番よくわかっている、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレーを作る主婦 に対する画像結果

 

 

 

 「莉緒に健二の、

 

何がわかるって言うの...?」

 

 

 

などと、はっきり口にできればいいの

 

だけれど、残念ながら、私は、思いを言葉に

 

するのが苦手だ。

 

 

 

 いつもその場では、なんと

 

なく言いくるめられてしまう。遅すぎる

 

怒りに、ベッドで、枕に顔を押しつけて悶絶

 

するのが、お決まりのパターンだった...。

 

 

 

「そんなんだから、変な男に引っかかっ

 

ちゃうんだよ!」

 

 

 

 冷ややかな莉緒の分析には、反論の余地がない。

 

妻子ある男に家庭を捨ててくれ

 

と要求出来ず、ただただ、都合よく、○○○の

 

はけ口にされた過去がある...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

備考:この内容は、

2018-4-23

発行:宝島社

「ぞっとする

5分で凍る

怖い話」より、

著者:佐藤青南

「私のカレーライス」

より紹介しました。