田辺聖子「いま何時?」...その1
「すみません...いま、何時ですか?」
と、私は、イーゼルを立てて、絵を描いている
男に、近寄って聞いた。
彼は、私の顔を見もせず、めんどうくさそうに、
ちょいとパレットを、持ち替えて時計を覗き込むと、
「1時半」
と、ぶっきらぼうに、答えた。
「ありがと!」
私は、男の方へ一歩、近寄って、ついでの
ように、絵を覗き込んだ...。
男は27、28位の、よく日に焼けた、
がっしりした男で、足は、山歩きの拵えである。
油絵を描いているが、本職なのか、趣味なのかは、わからない。
絵は、丁寧で、よく描き込まれていた。
私は、絵の批評はできないが、絵葉書みたいだな?
と思って見ていた...。
ブナの原生林の上にそびえる山と、木々の
茂みが描いてある。
...山は、大山(だいせん)である。
この山は、見る場所によると、伯耆富士(ほうきふじ)と言われる
優しい姿は失われて、岩が雪のごとく白く、
峰々の先は、槍のように、とんがって恐ろしい、
厳しい山容である...。
ノコギリのような山稜の線、岩肌は、むき出しで、
歯を噛みならしたような感じに見える。
青年の絵は、そこのところを、上手く、とらえている、
「きれいね」
と、私は、言ってみた。青年は、黙っていて、
私の言葉も、耳に入らないらしい...。
私が、待っていた女の子の雑誌「ランラン」や、
「メンメ」には、ひとり旅で、道に出会う人
あれば、声を掛けましょう、絵を描いている人には、
「顔に似合わない絵を描きますね?」などと、お愛想
を言って通りましょう。また新しい友人ができたり、
旅情を感じたり、するものです。
とあった...。
私は、「ランラン」や、「メンメ」の、旅の特集記事を
愛読して、よく切り抜いて旅へ持ってくる
けれども、何から何まで「メンメ」に書いてある通り、
するわけではない。
しかし、いつとなく、影響されることがないとは、
言えない。自分では、されないと思っているが、
でも、山道を歩いてきて、絵を描いている男を
見つけた時、
(いた! いた! いた!)
という気に、なったのだから...。
それに、きりっとした顔立ちの、好男子である。
要するに、言葉を交わしたくなる、慕わしい
青年なのである。しかし、「メンメ」にあるように、
(顔に似合わない絵を描きますね?)と言うのは、
ほめているのか? けなしているのか? 釈然としない。
いくら思慮の足らない私でも、そんな文句は
躊躇される...。
それで、
「きれいね」
と、だけ言った...。
男は、咳払いした。それは、
(うるせいな)
と、言うようにも、聞こえた、男は、絵を描くのに
夢中になっていて、私と話をし、そこから
友情や、旅情を紡ぐ気にはあらぬとも、言える...。
そこへ、若い娘の一団が来た。ワイワイガヤガヤ
と、さえずり続ける、5~6人もの一大隊で、
ある...。
しかも、この頃の娘の、旅行ファッションと
きたら、極彩色である。キャンディーボックスを
ぶちまけたような、赤、黄色、緑、オレンジといった
色々が、こぼれていて、にぎやかというどころの
ものではない、染色見本が、歩いているようである。
「キャ~! 絵を描いてはるわ~?」
と、娘の1人が叫ぶ、言葉は大阪弁である。
「うわ~っ! あんた、絵描きさん?」
と、チューインガムを、くちゃくちゃやりながら、
青年を取り囲む。
それは、私から見るに、さながら●力である。
「いま何時?」と、やさしく聞いて、コミュニケーションの
糸を、はかなく、つなごうとする、人間的な、
デリカシーな、ものではないのだ。
「ひゃ~、絵葉書みたい?」
と、娘の1人は、叫んだ。
人の思うことは、一緒と見える...。
「ほんま、そっくりやわ~!」
「いっそ、絵葉書 買えば?」
「手間暇かけて、描くよりは、早いのにねぇ~?」
と、娘たちは、口々に言った。青年は、やっと手を止めて、
「ひどいこと、言うなあ...」
と、抗議するように言ったので、みんなは、
(青年も含めて)どっと笑った...。
そうして、青年は、無理やり仕事を
止めさせられ、チューインガムを、加えさせられ、
取り囲まれて、
「どこから来たの?」
などと、娘に聞いていた。私から見るに、
それは、●力と言うよりも、強▲である。
しかし、青年は、その●力を、嫌がっては、
いないように見えた...。
女の子たちは、バッグに突っ込んだり、手に
持ったりしていて、それぞれ「ランラン」や「メンメ」
を、携えているようであった...。
彼女らは、書いてある通りに、やっている
わけである...。
しかし、私には、そういうことは、できない。
「絵葉書みたい」と、人を腐らすようなことを
言い、●力で、青年を、こっち向かせることは
できない。私は、恥ずかしがりなのだ...。
知らない人に(男に)口を利くことなんか、
とても出来ない、
出来ないが、してみたい...。
あの娘たちのようなことをするのは、嫌だが
不自然でなく、口を利きたいのである。
そうして、男たちにも、抵抗なくしゃべって
ほしいのである。
それには、(いろんな、考え方が...)「いま何時ですか?」
と、聞くのが一番、いいみたい...。
娘たちと青年は、何か言って、また、どっと笑っていた...。
私は、今日、松江泊まりなので、ゆっくり時間は
あるのだが、足を早めた...。
大山の裾野は、観光バスが、いっぱい来ていて、
人々は、群れていた。通路は綺麗に舗装されて、
あとから、あとから、バスが来る、こういうバスに
乗っている人に、
「何時ですか?」
と、聞いたって仕方ない。観光バスは、老人や、
農協婦人部や、家族連れが多い。
時間を聞くだけなら、彼ら、彼女らでも良いが、
私は、男性と、口を利いてまわりたいので、
観光バスには、縁なき衆生である。
むろん、観光バスでも、若い男たちの団体がある。
以前、私は、うっかり、若い男の団体とも知らず、
片っ端から、好ましそうな男に近づき、
「いま、何時ですか?」
と言っていた、その中の1人は、時計が止まって
いると言い、周辺にも、
「お~い! 今 何時やぁ?」
と、大声で、仲間を呼んでくれた。その連中は、私が、時間を
聞いて回った男たちだったので、私は、
バツの悪い思いをしたことがあった...。
私は、むろん、1人旅のときは、腕時計を持っている。
しかし、「何時ですか?」と、聞くのは、私の手である、
要するに、私が淋しいからである。
1人旅だと、一日中、口を利かないことは
多い。駅のキップ売り場とか、バスの車掌とか、
そんな時に、口を開く他は、宿へ入るまで
しゃべらない。
そん淋しさは、婆さんと話しても、爺さんと話しても、
紛れない...。
...旅先でしか、出来ない気晴らしは、ステキな
男たちに、近付いて、
「いま、何時ですか? 失礼ですが...」
と、聞くことである。スミマセン、とか、失礼ですが、
と、言い添えると、反発したり、拒絶したり
する人はいない...。
それに、何時か、と言うような、問いに答えるのは、
人道的な感じで、そう言われると誰も、
時計さえ持っていれば、答えねばならぬように、思って
くれる...。
「どこまで、? ●●温泉? 急がないと雨に
なりますよ!」
などと、言ってくれる。
と、言って、1人旅の女が、その言葉が縁で、
どにかなると言うことは、
ありえない...。
旅先の、アバンチュールなどと言うものは、
世間の噂や、週刊誌の情報など、手軽に、転がって
いるのでは、無いのだった...。
「何時ですか?」から、モヤモヤと怪しくなり、意気投合して、1つ宿に
泊まることなど、有るはずもないのだ...。
わたしは、内気だし、気が小さく、恥ずかしがり屋で、
30歳という年齢を聞くと、人は、ずうずう
しい大年増と思うかもしれないが、じつは、
21、2の頃から、変わっていない、30の声を
聞いて、自分で、自分をびっくりしているくらい
である...。
とうてい、今どきの、私の会社の若い娘
たちには、及ばない。
彼女たちなら、
「何時ですか?」と聞いて、
それから、それへと、話をつなぎ、なんとかするかも
しれないが、私は、とんでもないことである。
私としては、1人旅に出て、めぼしい好男子を、
見つけては、
「いま、何時ですか?」
と、聞いて歩くくらいが、せいぜいのスリルである。
そんな時でないと、自分から、口を聞けない。
言っておくが、これは何も、「メンメ」や「ランラン」
に、書いてあったのではないのだ。
私の、発明である。
だが、友人たちにも、教えてやらない。かつ、
私の会社のOLは、みな、若い子ばっかりで、
私みたいな年齢の人は、経理の山代さん1人。彼女は、
ミセスだから、「何時ですか?」と、見ず知らずの
人に聞く必要もないのだ。
私が今まで、「何時ですか?」と聞いて、
答えてくれなかったのは、2人だけだった。
1人は、大津の琵琶湖野海水浴場で、水から
上がって、砂浜にいた男に聞いた時。男は私が
ものを言っても、黙って、じっと、顔を見ていた...。
そうして、長いことして、腕時計を指した。
耳の不自由な、人だったらしい。
もう1人は、京都の西陣のあたりを歩いていて...。
京都は、旅行者を、大切にする町で、地図を
片手に、見比べながら歩いていると、
「どこへ、行かはるのどすか?」
と、寄ってきてくれるような人情味がある。
私は、自転車の荷を、くくり直している男に
近づいて「何時ですか?」と聞いたら、その男は、
返事もせず、慌ただしく、荷を引っくり返していた。
何か、とりこみごとが、あったらしく、
「うわ~っ!」
と、男は叫んで、血相変えて、飛び上がり、
「やられた、やられた、集金カバンやられたぁ~!」
と、血を吐くような、仰天した叫びを上げていた...。
すぐ、前の店の人が走ってくる、おまわりが来る。
男は、天を仰いで、おんおんと、キチ●イのように
泣き出した。
「何時ですか?」どころの、騒ぎではなかった...。
私は、1人旅のあいだ、「何時ですか?」を、
なんべん乱発したか、わからないが、答えてくれ
なかったのは、その2人きりである。
そして、「何時ですか?」から、なにかに発展したのは、
1人もいなかったのだ。発展していれば、
31までに、ミスでいないかも知れない...。
備考:この内容は、
昭和58-3-25
発行:新潮社
著者:田辺聖子
「30すぎのぼたん雪・
何時ですか?」
より紹介しました。