椎名 誠「アイスプラネット」... | Q太郎のブログ

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パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

 

 

僕のおじさんは「ぐうちゃん」という。津田由紀夫38歳。居候。

 

 

 僕の母親の弟だ。いつも母に怒られている。学生の頃に、外国のいろんなところを旅していたら

 

しく、気づいたときには、僕の家に住み着いていた。そして、長いこと「ぐうたら」しているから、

 

いつの間にか、「ぐうちゃん」という、あだ名になってしまった。でも、ぐうちゃんは変わった人で、

 

そう言われると、なんだか嬉しそうだ。それを見て、僕の母は、また怒る。怒るけど、「これ、ぐう

 

ちゃんの好物。」なんていいながら、ご飯の支度をしているから、母もちょっと変わっている。

 

 

 

 僕の家は、東京の西の郊外にあって、父の祖父が建てた。古い家だけれど、ぐうちゃんが

 

「居候」できる6畳間があって、そこでぐうちゃんは「ぐうたら」している。父は単身赴任

 

で仙台にいて、週末に帰ってくる。ぐうちゃんが居ると、なにか力仕事が必要になったときに安心

 

だから、と言って、父はぐうちゃんの居候を歓迎しているみたいだ・・・。

 

 

 

 ぐうちゃんは、家にいるときは、たいてい本を読んでいるか、唯一のタカラモノであるカメラ

 

の掃除、点検などをしている。まったく「ぐうたら」ばかりでもなくて、たまに

 

1週間ぐらい留守

 

にするときもある。ぐうちゃんに聞くと、そんなときは、全国を回って測量の仕事をしている

 

という。一度、家に持って帰った測量の道具を見せてもらったけれど、すごく精密な望遠鏡という

 

感じだった。レンズの中をのぞくと、中には、いっぱいメモリが付いていて、ダイヤルでピント

 

を合わせる。いかにもプロの人の道具みたいで、格好いい。かといって、ぐうちゃんは、測量の

 

専門家でもないらしい。僕の母は、ぐうちゃんのそういう、落ち着かない仕事のしかたが気に

 

いらないようだ。「ちゃんと就職して早く独立しなさい。そうして「居候」から卒業

 

しなさい。」と、いつも怒こる。

 

 

 

 当のぐうちゃんは、母に怒られても、「でも、あともう少し」。などと、訳のわからないことを

 

言う。すると、母は、今度は僕に向かって、「ぐうちゃんみたいな大人になっては、だめだからね」。

 

という。本当に文句ばかりだ。

 

 

 

 そんな「ぐうちゃん」だけど、僕は、ぐうちゃんが大好きだ。ぐうちゃんの話は文句なしに

 

面白いのだ。母は、「みんな、ほら話だから、そんなものを聞いている暇があったら勉強して

 

いなさい」。と言うけれど、宿題をするよりよっぽど面白い。だから、僕がぐうちゃんの

 

話を聞くときは、たいていぐうちゃんの部屋に行く・・・。

 

 

 

 その日も、夕食の後で、僕はぐうちゃんの、ほら話を聞いていた。

 

 でっかい動物の話だった。

 

「悠君。世界で一番長い蛇は、なんだか知っているか?」

 

 ぐうちゃんは、細い目を、めいっぱい見開くようにして、僕に聞いた。それは、いつもおもしろい

 

話をするときの、ぐうちゃんの癖で、だから、僕はぐうちゃんのその表情が好きだ。でも、今日

 

は、話のテーマがちょっと幼稚過ぎる。とはいえ、宿題するよりは、ずっとおもしろそうだから、

 

母に見つかるまで、その話を聞いて居ることにした。

 

 

 

「アナコンダとかいうやつだね。アフリカの密林あたりにいる?」

 

 

アナコンダ - 電車道

 

「悠君は地理に弱いなあ。アナコンダがいるのはアマゾンだよ。現地の人はスクリージュ

 

と呼んでいて、これはポルトガル語で、水蛇という意味だ。長く太くなりすぎて蛇行するには

 

地球の重力が負担になって水に入ったんだ」。

 

「泳いでいて出会ったら嫌だな。飲み込まれちゃいそうだ」。

 

「そう。本当に人間なんか簡単に飲み込んでしまう。生きている馬だって飲み込んじゃうん

 

だぞ。」

 

 

 

 ぐうちゃんの話はいつも怪しい。僕が面白がればいいと思っているのだ。

 

「そんなのうそだろ!だって、馬の背は人間よりはるかに高いし、体重だって普通500kgは

 

あるって何かの本で読んだよ。アナコンダがいくら大きいと言っても、そんな大きな口は開けられ

 

ないだろ!ありえねぇ。」

 

「ありえなくないんだよ」。

 

ぐうちゃんは、変な言い方をした。

 

「立っている馬を、そのまま大口を開けて飲み込むわけじゃないんだ。まず、馬の首あたりに

 

かみついて馬をひっくり返す。それから馬の体に巻き付いて馬の脚の骨をバキバキ折っていく。

 

飲み込みやすいように、全体を丸くしていくんだなあ。それから、ゆっくり、飲んでいくんだ。」

 

 

 

 本当かなあ。力のこもった話し方を聞いていると、うっかりぐうちゃんの、ほら話の世界に

 

 

取り込まれてしまいそうになる。でも、その怪しさがやっぱり面白い。

 

 

 

「悠君。アマゾンンの動物は、みんな大きいんだ。ナマズも

 

でっかいのがいるぞ。どのくらいだと思う?

 

 

 

どうせ、ほら話だから、僕も大きく出ることにした。

 

 

「そうだね。じゃ 1m!」

 

「ブップー。」

 

ハズレの合図らしいけど、まるっきり子供扱いだ。

 

 

「アマゾアンでは、普通に3mのナマズがいるよ。」

 

「うそだぁ。ありえねぇ。」

 

 

 さすがに頭にきた。僕を小学生ぐらいと勘違いしているんだ。

 

「嘘じゃないよ。口の大きさが1mぐらいだよ。」

 

 

 ぐうちゃんは、また細い目になった。僕をからかって喜んでいる目だ。

 

 

「ふうん」

 

 

なんだか、ばかばかしくなったので、気のない返事をした。

 

「あ、信じてないんだろう?じゃ、がらりと変わって、きれいで、小さい、宇宙の話をしようか?」

 

 

 

 ぐうちゃんは、話の作戦を変えてきた。宇宙の話は好きだ。例えば、宇宙には

 

果てがあるのか?とか、二重太陽

 

 

グリーンランドのイヌイット~隠された食生活に迫る~ | 行こうよグリーンランド!

 

のある星の話とかだ。ところが、ぐうちゃんの話は、地球の中の宇宙の話だった。

 

「北極には、1年に1度、流氷が溶けるときに、小さな氷の惑星が出来るって、イヌイットの間では

 

言われている。アイスプラネットだ。めったに現れないので、それを見たた者は、その年、いいこと

 

がいっぱいあると言われている・・・。

 

 

「童話かなにかの話?」

 

「いや、本当にある話だよ。見ることのできた者を幸せにするという、地球の中にある小さな

 

小さな美しい氷の惑星。いい話だろ?」

 

 

「やっぱりありえねぇ。俺、風呂の時間だし、」

 

 

 

 ぐうちゃんは、続けて話したそうだったけれど、母親が風呂に入れと、大きい声で呼んだので、

 

それを、口実に逃げることにした。ぐうちゃんは、やっぱり、今どきの中学生をなめて居るのだ。

 

 

 翌日、学校に行く途中で、同じクラスの吉井と今村に会った。初めは、どうしようかと思った

 

けど、馬も飲んでしまうでっかいアナコンダや、3mもあるナマズの話はおもしろかった

 

し、氷の惑星の話も、本当だったら、きれいだろうなと思ったから、つい吉井や今村に、その話

 

をしてしまった。2人は、僕の話が終わると顔を見合わせて、「ありえねぇ。」「証拠見せろよ!」

 

と言った。「そんな、ほら話、小学生でも信じないぞ。」そう言われればそうだ。だから、部活が

 

終わって大急ぎで家に帰ると、僕は真っ先に、ぐうちゃんの部屋に行って、「昨日の話、本当

 

なら証拠の写真を見せろよ!」と、無愛想に言った。ぐうちゃんは、少し考えるしぐさをして、

 

「そうだなぁ」と言って、目をパチパチさせている。

 

 

 

「これまで撮って来た写真をそろそろちゃんと、整理して紙焼きにしないと、と思っているんだ。

 

そうしたら、いろいろ見せてあげるよ」。

 

 

 

 むっとした。そんな言い逃れをするぐうちゃんは好きではない。なんか、ぐうちゃんに、僕の

 

人生が、全面的にからかわれた感じだ。吉井や今村に話をした分だけ孫をした。いや失敗した。

 

僕まで、ホラ吹きになってしまったのだ。

 

 

 

 それから、夏休みになってすぐ、ぐうちゃんは、いつもより少し長い仕事に出た。関東地方の

 

各地の、川を測量するということだった。僕は、人生を全面的にからかわれて以来、あまり

 

ぐうちゃんの部屋に、いかなくなっていたから、気にもとめなかった。

 

 

お風呂のアイディア | 学ぶ先輩ママからのアドバイス | ほほえみクラブ 育児応援サイト

 

 夏休みも終わり近く、いつもように週末に帰ってきた、父と母が話しているのが、風呂場に

 

いる僕の耳にも入ってきた。

 

 

「僕たちは、都市のビルの中にいるから、なかなか気づかないけど、由紀夫くんは、若い頃に

 

世界のあちこちへ行っていたから、日本の中にいたら、気が付かないことがいっぱい見えている

 

んだろうね。なんだろか羨ましいような気がするな」

 

母は、珍らしくビールでも飲んだらしく、いつもよりもっと強烈に雄弁になっている。

 

 

 

「あなたは、何をのんきなことを言っているの? 由紀夫が、いつまでも、ああやって気ままな

 

暮らしをしているのを見ていると、悠太に悪い影響が出ないか心配で仕方ないのよ。例えば

 

極端な話、大人になっても、毎日働かなくてもいいんだ、なんて思って勉強の意欲をなくして

 

いったとしたら、どう責任取ってくれるのかしら?」

 

 

 

 父が何かを話してるようだったが、はっきりとは聞こえなかった。ただ、僕のことで

 

ぐうちゃんが責められるのは、少し違う気がする。そう思うと、電気の消えたぐうちゃんの、部屋が

 

急に寂しく感じられてきた・・・。

 

 

松崎しげる的な働き方 - 南房総 和菓子 「盛栄堂」

 

 

 それから、ぐうちゃんが、また僕の家に帰ってきたのは、9月の新学期が始まってしばらく

 

した頃だった。顔と手足が真っ黒になっていて、パンツ1つになると、どうしても笑いたく

 

なって困った・・・。

 

 

 

 残暑が厳しい日だった。久しぶりにぐうちゃんの、ほら話を聞きたいと思った。また、からかわ

 

れてもいい。暑いから、今度は、寒い国の話が聞きたい感じだ。

 

 

 

 ところが、ぐうちゃんの話は、でっかい動物のでも、暑い国のでも、寒い国の話でもなかった。

 

 

 

「旅費が溜まったから、これからまた、外国をふらふらしてくるよ」

 

 

 

 ぐうちゃんは、突然そう言った。「でも、まあ、もう少し」には、こんな意味があったのか・・・。

 

ぐうちゃんは、いつもと変わらずに話を続けている。それなのに、ぐうちゃんの声はどんんどん遠く

 

なっていく。気がつくと、僕は、ぶっきらぼうに言っていた。

 

「勝手に行けばいいじゃないか!」

 

 

 

ぐうちゃんは、そのとき、ちょっと驚いた表情をした。何かを話しかけようとするぐうちゃん

 

を残して、僕は部屋を出た。 

 

 

びっくりした】中学生起業家が異業種交流会セミナーに来てくれた件。:普通のおじさんとソーシャルメディア。:オルタナティブ・ブログ

 

 それ以来、僕は2度と、ぐうちゃんの部屋には行かなかった。母は、そんな僕たちに、あきれ

 

たり、慌てたりしていたけれど、父は何も言わなかった。

 

 

 

 10月の初めに、ぐうちゃんは、小さな旅支度をして、「居候」を卒業してしまった・・・。

 

 

 

 出発の日、僕は、なんて言っていいのかわからないまま、ぐうちゃんの前に立っていた。

 

ぐうちゃんは僕に近づき、あの表情で笑った。そして、なにも言わずに僕の手を握りしめ、力の

 

こもった強い握手をして、大股で僕の家を出ていった・・・。

 

「ホラばっかりだったじゃないか!?」

 

「居候」がいなくなってしまった部屋の前で、僕は、そう思った・・・。

 

 

 

 

 ぐうちゃんから、外国のちょっと洒落た封筒で僕に手紙が届いたのは、それから4ケ月

 

ぐらい経ってからだった。珍しい切手がいっぱい貼ってあった。

 

 

 

「あの時の話の続きだ。以前、若い頃に、北極まで行って、イヌイットと暮らしていたことが

 

あるんだ。そのとき、アイスプラネットを見に行こう、と友達になったイヌイットに言われて

 

カヌーで北極海に出た。アイスプラネット。わかるだろう? 氷の惑星だ。それが北極海に本当に

 

浮かんでいたんだ。きれいだったよ。厳しい自然に生きている人だけが目にできる、もう

 

1つの宇宙なんだな、と思ったよ。地上10階建てのビルぐらいの高さなんだ。そして、海の真ん中の

 

氷は、もっともっとでっかい。悠君にも、いつか見てほしい。若いうちに勉強をたくさんして、

 

いっぱい本を読んで、いっぱいの『不思議アタマ』になって世界に出かけて行くとおもしろい

 

ぞ。世界は、楽しいこと、悲しいこと、美しいことで満ち満ちている。誰もが一生懸命生きて

 

いる。それこそありえないほどだ。それを自分の目で確かめてほしいんだ。

 

 

 

 手紙には、ぐうちゃんの力強い文字がぎっしり詰まっていた。

 

 

写真あり】どんだけ!スペインで超巨大黄金ナマズが捕獲される | でじつべ

 

 そして。封筒からは写真が2枚出てきた。

 

1枚は、人間の倍ぐらいある

 

でっかいナマズの写真。

 

 

 

 もう1枚は、北極の海に浮かぶ、見たものを幸せにするという、

 

 

氷の惑星の写真

 

 

だった・・・。

 

 

 

 

 

 

備考:この内容は、平成27-2-5 

発行所:光村図書出版株式会社

東京都品川区・・・

株式会社:加藤文明社

製版印刷者:協和オフセット印刷株式会社

発行者:光村図書出版株式会社

代表者:常田寛

著者:椎名誠(ほか31名)

定価:文部科学大臣が許可した官報で告示した定価

「国語2」

より紹介しました・・・。