味わっておけばよかった。と悔やんでいる。先日、京都にでかけた。たまたま、千本釈迦堂
大報恩寺(上京区)の「大根焚き」の初日にあたっていた。無病息災を願う、師走の2日間だけ
の行事である。なのに、いったん並んだ順番を待つ列の、その長さを辛抱しきれなかった。
境内に備え付けられた直径1mを超える大鍋で、大根の大きな輪切りと湯上げを、昆布の
だしと醤油で煮る。フーフーしながら、大ぶりの椀でいただく。冷えた体が、ゆっくりと
温まってくる。鎌倉時代に始まり、江戸時代から「痛風よけ」として広く信仰されるようになった。
2日で合わせて6、500本の大根を15、000人が求めたそうだ。
秋・冬大根は、今が盛りである。虚子の名句 〈 流れゆく 大根の葉の 辛さかな 〉を思い出す。
もっとも、昨今は、通年物の「青音」が出回って、季節感は大根からも失いつつある。関東の
三浦大根は太めで、きめが細かく、煮物には最適。といった特徴も、しだいに口にのぼらかくなった。
東京・銀座5丁目の路地裏に、「やま平」というおでん屋があった。夫婦で役割分担して出す
おでんの、特に自家製のつみれと大根が絶品だった。ただし、大根(京風にダイコと呼ぶ客も
いた)は、春と夏は姿を見せない。先代のおばあちゃんが、秋・冬大根しかおでんには向かぬ、
と固いい信念を持っていた。せがれもそれを受け継いだ。
けれども、季節に構わず「大根は?」と求める客が増えてきた。仕方なく夫婦は、厚紙に
〈 大根は秋まで休みます 〉と書いて、壁に貼った。が、結局5年ほど前に店を閉じる。
地上げ、ビル化の波と客層の変わりようが、夫婦の心を決めさせた。
ビタミンやジアスターゼなど、大根は滋養に富む。実は、術後の体を養っている知人が京都に
いる。彼は大根をしっかり食べてくれているだろうか?
備考:この内容は、1997-4-15 朝日新聞論説委員室著「天声人語」より紹介しました・・・。