
・・・あぁ、お母さんのことは、よくわからない。昔からそうだ。
決して親子の仲が悪いわけではない。定時に帰れる日は一緒にご飯を食べるし、一緒に
ドラマを見たりもする。日常的な会話もよくする。意見がぶつかったこともないし、もめたこともない。
しかし「ケンカするほど仲がいい」なんて言うけど、「喧嘩するほど仲良くもない」
なんでだか、昔からそうだった・・・。
小学校の時、ピアノ教室を辞めたいと言い出した時も、「もっと頑張りなさい」としかることも
なく、すんなり認めてくれた。進路を決める時もそうだ。「 T大学受けたいんだけど」と私が
持ちかけると、「どうして、そこを受けたいの?」とも「私大なんて高いからダメよ」とも言わず、
「お父さんに話してみるね」の一言だった。 20歳の時、大失恋で一晩中泣いた時もそうだった。
朝、人相が変わるくらいまぶたが腫れていても、お母さんは何も聞いてこなかった。
お母さんって一体何考えてるんだろ? 自分の意見とか、ないのかな・・・?
私も、いつしかお母さんの前で本音を語ることはなくなっていった。 就職先がなかなか見つから
ずに焦っていた時も、そんな素振りを見せずに、普通を演じていた。相談をすることなんて
もちろんない。何かあれば事後報告でよかった。後から文句を言われたことはない。私とお母さんは
そういう関係なのだ。
でも今日は・・・、お母さんの本音を知ってしまった。
麻婆豆腐を平らげた私は、夜明けまでお母さんのブログを読んだ。 ブログにはお母さんの
本心がつづられていた。 自慢の料理で世に認められたいと思っていること。 家庭にこもって
いるのが好きなんだと思っていたけど、ホントは栄養士として働きたかったということ。ブログを
通じていろんな人と交流をしたいと思っていること。
そうか、お母さんはそういう人だったのか・・・。
朝。 当たり前のように朝食を準備しているお母さん。
さて、私はお母さんの秘密を握っている。 どう切り出そうか? それが目下の課題だが、正面
から向き合うのは、やはり気まずい。 とりあえず遠まわしに聞いてみよう・・・。
「ねえ、お母さんってさ、いつも何してるの?」
「何って何よ?」
「いや、私が仕事に行ってるあいだ。 何してるのかなって思って」
私はできるだけ平然とした顔で、納豆をかきまぜた。
「え? うーん、なんか普通よ。 TV見たり、買い物行ったり、掃除機かけたり・・・」
ネットとかしてるの? 核心に迫る質問が喉のあたりまで来ていたのだが・・・「ああ、そう」
と、飲み込んでしまった。 もうちょっとだったのに。 動揺を悟られないために味噌汁をすする。
「菜月(なつき)、今晩食べたいものある?」 お母さんが冷蔵庫の中を覗きながら聞いてきた。
「え・・・」 もし、私がここで『すき焼き』と言えば、明日のブログのトップは『すき焼き』に
なるのか? なかなか返事を出来ずにいると、お母さんは不思議そうにこっちを見た。
「別に」と私は出来るだけすました顔で答えた。
出勤して会社のPCを立ち上げると、やはり気になったので、クリックしてしまった。
お母さん、更新、早いよ・・・。
うちの”ひとり娘ナツ”の隠れた好物『麻婆豆腐』の作り方!
隠れた好物って何? 私好きだとか言ったことないんですけど・・・。意気揚々と語られる
料理の手順。工程写真も載っていてわかりやすい。そこまではよかったのだが、その後の内容に
思わず眉をしかめた。
今朝、ひとり娘のナツが「お母さんって昼間何してるの?」と聞いてきた。
私「テレビ見たり、家事したり、買い物したり」と答えると、
ナツ「あっそう」
何、その反応っ!「いいわね、お母さんはいつものんびりできて」ってこと?
主婦は主婦なりの苦労があるのよっ!
怒りを表す絵文字をふんだんに使い、そう書かれていた。
・・・はぁっ? なんでそんな風に解釈するの? 今朝、ひょうひょうとした顔をしてたのに、
腹の内ではこんな風に思ってたなんて! って言うか、主婦の苦労って何よ? 会社員の方が
よっぽど辛いわよ。 専業主婦で社会を知らないから、そういう風に視野が狭くなるのよ。
このブログが全世界に配信され、5万人の人が読んでいると思うと、なんだか腹が立った。
私はブログの下の方にある”コメントをする”のボタンを押した。 お母さんに意見してやろう。
もちろん匿名で・・・。
今日のブログ拝見しました。 主婦の立場を主張していらっしゃいますが、みっつ~さんは会社
勤めをされたことはあるんですか? 朝から晩までやりたくない仕事をこなしている、社会人
の辛さを分かりますか? 娘さんの方に共感を覚えます。 20代・働くOLより。
つづく
備考:この内容は、2011年1月9日発行 リンダブックス
十時直子著「99のなみだ・お母さんは人気ブロガー」より紹介しました。