僕は疲れているんだ | Q太郎のブログ

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パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

上沼恵美子 「初めてのけんか」



 妻・上沼恵美子は、結婚生活にある夢を持っていた。「可愛い妻になろう。笑いの


耐えない家庭を作ろう」という夢を。


 嫁姑の問題もなんとか解決し別居を始めた二人に、やっと世間並みの結婚


生活が訪れたとき、その夢の実現に向かって第一歩を踏み出した。


 可愛い妻とはなんだろうか?一歩間違えば危ないアホ女房。笑いの絶えない


家庭とは一言で言っても、具体的にどうすりゃいいのだ?


 一方、夫・真平は30代前半の働き盛り。仕事のストレスが最も多い時期だった。


がんばる新妻の奮闘記は、聞くも涙、笑うも涙の展開を見せていく・・・。






妻の怒り



 私は漫才師でした。人を笑わせるのが仕事でした。漫才にはもちろん台本がある


のですが、私はいつも自分流に書き換えていました。テレビの司会やラジオのDJを


やる時には、進行台本があっても、私のおしゃべり部分までは書いてありません。自分


で考え、自分で作り、自分で喋っていました。私は人を笑わせることが大好き


なのです。


 結婚してから、人を笑わせる場がなくなりました。毎日毎日、あなたの帰りを待つ


ばかり。あなたが帰って来たらこんなこと言って笑わしてやろう。こんなことして


笑わしてやろう。一日中そればかり考えて暮らしていました。




 ある日のこと、あなたの大好きな枝豆を使うアイディアが浮かびました。枝豆を


ピンでリビングの壁に突き刺しておく。帰って来たあなたはそれを見つけ、




「あっ、こんなところに枝豆がある。あそこにもここにもあるぞ」



 と、枝豆をムシャムシャと食べながら大喜びの大笑い。きっとバカ受けするだろう・・・。


待ち疲れた頃あなたは帰ってきました。私は鼻をムズムズさせながら、壁に


刺さった枝豆を指差しました。あなたは黙ってそれを食べて


くれました。私は、


「あそこにもここにも枝豆がある」


と、言いながら、リビング中を指差したのです。その


時あなたは一言、こう言いました。


「僕は疲れているんだ」




 こりゃ失敗したな。大好きな枝豆を壁に突き刺した


りしたら、そりゃ怒るやろな。次はどの作戦でいこう


かと考えていたら、オモチャ屋さんでゼンマイ


仕掛けの にぎり寿司を見つけたのです。お寿司を


出前で取って、その中に この海老の にぎりを入れておく。


あなたはゼンマイで動く海老を手にとって、


「この海老は生きが いいねぇ、さすがに淡路島」


とか言ってから、間をおかず、


「なんでやねん」




 と、高等テクニックの”ボケ突っ込み”で返してくる。私は


「うまい!」


とほめあげ、二人で大笑い、という作戦。




 あなたは帰ってくると食卓につき、じっと お寿司を見ています。私はゼンマイを


巻いたお寿司を桶の中に入れます。海老がジージーと動き始めました。その時あなたは


言いました。


「僕は疲れているんだ」




 こりゃいかん。一筋縄ではいかん男やぞ。もっと強烈なやつ考えんとなぁ。




 今度は「おき太くん」です。「おはよう朝日」という朝の番組の人気キャラクター


で、うさぎがモチーフです。そのぬいぐるみをいただいたのです。よし、これ使こて


みよう。




 あなたが帰って来たとき、私は「おき太くん」をおんぶひもで背中にくくって玄関で


迎えました。


「お帰りなちゃい」


 と、赤ちゃん言葉で言いますが、あなたは気づきません。着替えに行ったあなたを


追いかけて、


「ほらっ」


と、「おき太くん」を見せますが、あなたは無言です。私は子守唄を歌いながらあなた


の周りをグルグル回りました。あなたは言いました。


「僕は疲れているんだ」




「どんだけ疲れとるねん!?」




 あなたは笑いのセンスがないのですか?いやそうではなく、妻への思いやりと


いうものがないのですか?あなたを癒したい、あなたを笑わせてあげたい。そんな妻を


健気で微笑ましいと思えないのですか?


 そんなに疲れるものなら、仕事なんかやめてしもたらええねん!










夫の言い分




 僕も人を笑わせるのが好きだった。子供の頃から冗談ばかり言っていた。ウケた時


の快感は、何ものにも代えがたかった。ところが、中学生の頃よくラジオの深夜放送の


コントに投稿していたが、一度も採用されたことがない。笑いのセンスがいかに


ないかが解る。


 笑いのセンスだけでなく、妻への思いやりもなかったのだろう。指摘されて愕然と


している。




 その頃僕は、仕事でスランプだった。いわゆるクスブリというやつで、作る番組


全てこけていた。番組終了の打ち上げの段取りだけが上手くなっていた。


 当時はまだ、制作会社というものが世の中になく、テレビ局の社員ディレクターや


社員プロデューサーだけが番組制作の仕事をしていた。仕事の数は多く、ほとんどの


人は多忙を極めていた。そんな中、僕は6ヶ月も干されていた。何本も何本も企画書


を書き提出するが、全く採用されないのだ。




 「アホでこの会社、俺の企画の良さを全然わかってくれへん。センスない


のう」


 ぼやいては、酒を飲んでいた。そんな態度が上司には気に入らないのであろう、


全く相手にされなかった。クスブリにはタレントも作家も寄って来ず、悔しい思いを


する毎日だった




 35歳を過ぎた頃、


「世の中は、自分で自分を思うほどその人を評価していない」


という真理にやっと気がついた。バカなうぬぼれ屋は目が覚めた。


そのときから仕事は少しずつ日が当たるようになっていった。


 元気のない僕を励まそうとしてくれた君の努力に、僕は気がつかなかった。自分で


自分を追い込み、勝手に不機嫌なお疲れ人間になっていた。




 「そりゃ番組も当たらんわ」


つくづくそう思う。




 今度は僕がボケ役に回る番だ。君が帰って来たとき、ウルトラマンの着ぐるみで迎え


よう。シュワッチと言いながらスペシューム光線を浴びせよう。そして魔法使いサリー


の歌を歌いながらフレンチカンカンを踊ろう。




 こんなことしか思いつかない僕は、やはり笑いのセンスが無いようだなぁ・・・。













備考:この内容は、2011-8-10 Gakken 上沼恵美子、上沼真平 共著 「犬も食わない」

より紹介しました。