シグナル 2 | Q太郎のブログ

Q太郎のブログ

パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

$Q太郎のブログ



「お袋、ちょっと部屋に入ってて」130

「そうだ、お母さん。僕、今こういう仕事をしていまして」

 雅子は山本から名刺を受け取って「まぁ」と声を上げた。

「ケーブルテレビのディレクターさん?」テレビ

「小さな局なのでプロデューサーやったりディレクターやったりいろいろです。なぁ、お前、

ずっとこっちにいるんだったら、商店街の食材を取り上げるリポーターやってみないか?」

「山本君、お仕事のお話を持ってきてくれたの?ねぇ、ドラマのお仕事もあるかしら?」

「お袋っ」

 山本が乾いた声で笑った。お笑い。

「お母さん、ケーブルテレビはドラマを作らないんですよ。すみません」

「じゃ、どこかこっちでドラマを作ってる会社は知らない?」

「お袋っ!いいから、部屋に入ってろって!」花2

 拓海は乱暴に雅子の肩をつかむと、ガラス戸を引いて突き飛ばすように居間へ押し込んだ。

 そのやり取りで初めて騒がしさに栄太が顔を上げる。

 拓海は勢いよく硝子戸を閉めて、一升瓶をビニール袋に詰めた。お酒

「2800円」

「お前、何、怒ってんの?」

「怒ってねぇよ」札束!

 山本は財布から3000円を出した。拓海は手早くレジを打って、お釣りとレシートを手渡した。

「なぁ、そのうち高校のクラスのメンバーで飲もうぜ。あとリポーターの件も考えといてよ。

お前、割といいツラしてんだから、このまま埋もれたりしたら、もったいないじゃん」ガーン

 拓海は返事をしなかった。いや、できなかった。営業スマイルを浮かべることすらできなかった。

ただ無言で頭を下げたまま動かずにいた。

 山本はあきらめたようにため息をつき「じゃあ、またな」と手を挙げて店を出ていった。





 瞬間、拓海の怒りは沸点に達した。力任せに硝子戸を開け放つと強い視線で雅子をにらんだ。

「いい加減にしろよっ!」130

 雅子がキョトンと拓海を見上げる。そのなにも理解していない表情がさらに拓海の怒りを増長

させた。

「親父が動けなくなった。店がやっていけない。助けてくださいって泣きついてきたくせに、俺の夢を

握りつぶしたのはお袋なのに、あんな奴に頭まで下げて、こっちでテレビの仕事をしろってか?咲いた!

ふざけんなよっ。あのまま東京に残ってたら、まだチャンスはあったんだ。大門治のワーク

ショップに声をかけられてたんだぞっ。それがどんなすごいことか、俺がどんな気持ちで、むかっ

こっちに帰ってきたのか、何も知らないくせに・・・っ」

「いい加減にするのは、お前だ」





 栄太がそっと起き上がって、拓海と雅子の間に入るように立ちはだかった。怒

「役者を続けたいなら、石にかじりついてでも続けたいと思ったなら、俺たちのことは放って

おいて、そのまま東京に残ればよかったじゃないか。母さんが泣きついたからって、お前には

反論する権利があったはずだ。頭を下げて「やめたくない」と訴えることだってできたはずだ。flower1

こっちに帰ると決めたのはお前の判断だろう。八つ当たりも甚だしい。男なら、少しは自分の

判断に責任を持ったらどうだ」

「お父さん・・・」

 雅子がオタオタと交互に拓海と栄太を見た。おかあさん

 拓海は怒りのあまり言葉が出なかった。誰のせいだと思ってるんだ。誰のために夢をあきらめたと

思ってるんだ。自分の判断? ふざけんなよ。

「ちなみにお前を呼び戻したのは俺だ。母さんに呼び戻すように言ったのはこの俺だ。文句が

あるなら俺に言え。今夜の商店街の会合には俺が出る。俺が帰るまでに考えられるだけの文句を男

考えておけ。そして東京に戻るか、ここに残るかを決めておけ」

勝手だ。勝手すぎる。





 栄太が紺色のナイロンジャケットをつかんで出ていくと、拓海はその場にへたり込んだ。

「ごめんね、拓海。母さん、考えなしだった。本当にごめん」はっぴ

「親父が呼び出したって・・・どういうこと?そんなこと電話で一言も言ってなかったじゃん」

「シグナル」

「えっ?」

「拓海がシグナルを出してるって、お父さんが言ったの」信号

「?」






 その夜、10時を過ぎても栄太は帰らなかった。

 テーブルの上で布巾をかけられた栄太の分の食事がどんどん冷めていく。

「お父さん、遅いわね。何かあったのかしら」汗

「会合の後に飲んでるんじゃないの」

「でも、それなら連絡くらい・・・もうっ」

 雅子は受話器を持つと短縮番号1番を押した。10コール目で電話はつながった。ケータイ

「もしもし、お父さん?・・・え、町内会長さん?ええ、まぁ、座布団の下に?携帯が?

1時間前に・・・ですか。家、それが、まだ帰ってなくて。はい、ずいません。お願い

します。私どもも探してみますので」携帯

「何?どうしたの?」

「お父さんの携帯に町内会長さんが出て・・・1時間前に帰ったそうなの。携帯が鳴ったから、

お父さんが会所に携帯を忘れているのに、今、はじめて気が付いたって」MODE

 会所から家までは、どんなにゆっくり歩いても15分はかからない距離だ。

 雅子が不安そうな表情を浮かべる。

「もしかしたら・・・途中で坐骨神経痛が出たのかもしれない。今、残ってる町内会の方たちも

探してくださってるって」救急車

「わかった。俺も探してくる。お袋は家にいて。親父が帰るかもしれないし、何か連絡が入る

かもしれない」

「うん・・・わかったわ」

「行ってくる」 店の名前の入った紺色のナイロンジャケットをつかむと拓海は外に飛び出した。はっぴ

 商店街を抜け、川沿いの道に出ると街灯はなくなり、あたりは真っ暗だった。拓海は持っていた

懐中電灯で周囲を照らしながら栄太の姿を探した。

 そして、先ほどの母の言葉を思い出していた。あせる





「シグナルって?」

「うん。お父さんが言うにはね、拓海はこう・・・テンパったり、行き詰って苦しくなった時、信号

目が泳ぐんだって。こう、地面のあたりに視線を落として目が左、右って動くんだって。小さい

時から苦しいことがあっても「助けて」って言えない性格で、それは俺に似たんだって。その花

目の動きをね、最近のテレビでよく見るんだって言ったの。演技の最中なのに、カメラがほかの

俳優さんのほうに行くと、後ろで拓海が油断してそういう目の動きをするんだって。母さん、

鈍いから、お父さんに言われるまで気付かなかったの。それで、お父さんの坐骨神経痛がひどく

なった時、あいつは、たぶん今、苦しんでいる。なのに誰にも「助けて」が言えないでいる。クローバー

試しに帰って来いって言ってみてくれって私に・・・」

 そんなこと・・・お袋どころか自分だって気づいたことがなかった。




 そういえば、思春期になって親父と話すのが何となく気まづくなり、いわゆる反抗期を迎えガーン

るまで、俺は親父のことを超能力者ではないかと思っていた。困ったり、苦しいことがあると、

何も言わないのになぜか親父が駆けつけて、風のように俺をピンチから救ってくれたんだ。

 いつから?いつから、自分はそんなシグナルを出すようになっていたんだろう。水仙

 拓海は頭をフル回転させて過去の記憶を掘り起こした。そうして記憶を手繰り寄せていくと

思い当たることはいくつもあった。けれど、一番鮮明で、一番古い記憶は・・・。

 そう、あれは確か幼稚園のころだ。当時、女の子みたいな容姿だった俺は、いじめっ子数人に

標的にされ、毎日のように泣くまでからかわれたり、ぶたれたりしていた時期があった。花

 そしてそのことを恥ずかしくて誰にも言えないでいた。





 いつものように帰り道の神社の境内で、いじめっ子の数人がかりで突き飛ばされていた時、

気づいたら親父が後ろで腕を組んで仁王立ちしていた。男

 いじめっ子があわてて逃げようとしたら「逃げるなっ!」と怒鳴りつけ、叱ってくれるのかと

思いきや「お前ら、男なら一人ずつ拓海にとびかかれ。それでも強かったなら拓海の負けだ。

仕方がない」と言った。俺は悲鳴を上げて逃げようとしたが、今度は俺に「逃げるなっ!」と

怒鳴った。「このままじゃ、お前は一生弱虫だ。今のままでいいならこのまま逃げろ。そして花

一生後悔して生きろ。一生だぞ。いじめられたって文句は言うな。それがいやなら戦え。どうせ

負けるなら戦って堂々と負けろ。そしたらお前は弱虫じゃない。これからもっと強くなれる。

いや、もしかしたら最初から勝てるかもしれないぞ」そう言って親父は笑った。

 そんな親父の言葉に俺はまんまと騙され、いじめっ子の一人一人とぶつかり、全力で負けた。

最期は立っていられないくらいボロボロだった。親父は、いじめっ子たちをいさめることなく、

そのまま家に帰した。そして俺に言ったのだ。男

「わかったか?これがお前の実力だ。まずは自分の限界の力を知れ。とことんやって、

とことん負けなきゃ、誰にもわかんねぇんだよ。そうして自分の力を知れば作戦が立てられる。

強くなるために努力するのか、それともほかの作戦を考えるのか、少なくとも何もしないで

逃げる前より、もうその時点で強いんだ。負けを知ることは強いってことだ」グッド!

 ああ、そんなことを親父に言われたんだ。

 あの時のいじめっ子の顔や名前なんて、もう全然思い出せないのに、あの時、親父に言われた

言葉だけは鮮明に思い出せる。いや、どうして今まで忘れていたのだろう。目





 俺は・・・負けを認めたくなかったんだ。東京でメタメタに負けてる自分を認めたくなかった。

地元の奴に負けて逃げ帰ったと笑われるのが怖かった。必死で・・・必死で頑張っても、上に東京タワー

はもっとうまいヤツラがいくらでもいて。華がないとか、オーラがないとか、努力や根性だけ

では乗り越えられない理由で負け続けることに、ホトホト疲れていた。逃げ出したかったんだ。

もう何もかも放り出して逃げたかった。だれかに「理由」を用意してもらいたかった。逃げても

笑われない、もっともらしい「理由」が欲しかったんだ。親父だけが、親父だけがそれにあせる

気づいてくれていたんだ。そんな俺のために理想的な「理由」を用意して待っていてくれたんだ。





 そうして、神社の境内にたどり着いたころ、拓海は階段の下にうずくまっている大きな影を見つけ

た。

 そこには苦痛に顔をゆがめる栄太の姿があった。男

「親父っ!?」

「ああ・・・拓海か。情けないな、こんなところで動けなくなっちまって。気づいたら携帯も持って

ねぇんだよ」

「今、救急車を呼ぶから、待ってて」救急車

「よせよせ、坐骨神経痛ぐらいで救急車なんてみっともない。家に帰れば痛み止めがある。

それより、あれだ。タクシーを呼んでくれ。どうにもこうにも痛くて動けねぇんだ」NYイエローキャブ

「こんな時間に、この町に流しのタクシーなんて走ってねぇよ。それより、こっちの方が早い」

 拓海はかがんで背中を差し出した。そして、おんぶのリアクションをして見せた。

「よせよ、恥ずかしい。タクシーがだめなら這ってでも・・・いててててっ」

「いいから、ほらっ。こんなに暗くちゃ誰からも見えねぇよ。それに・・・子供のころ、ここから

親父におんぶしてもらったろ。その時の借りを、今、ノシを付けて返してやる」夜。

 栄太は遠慮しながらも、そろそろと拓海の背中に体を預けた。拓海は栄太の両方の太ももに

しっかりと腕を回して持ち上げた。

 あの日、いじめっ子たちに全力で立ち向かい、全力で負けて、自力で立ち上がれないくらい

ボロボロになった時、おやじはその背中に俺を乗せてゆさゆさと揺さぶった。

「いいか、拓海。負けることはカッコ悪いこととは違う。本当にカッコ悪いのは自分の弱さを

認めないヤツだ。明日から俺とケンカの特訓をしよう。それで仕切りなおして、それでも負けた

ら、また別の作戦を考えよう。延長戦なんてあきらめなければいくらだってできるんだ」ラブラブ

 あの時の親父の言葉が、背中の温かさが、規則正しい鼓動の音が、俺を安心させていつの

間にか眠りの世界にいざなっていった。

 そして、家に帰るとお袋は俺の大好物ばかりを用意して待っていた。あちこち傷だらけの俺

の手当てをしながら、何があったかなんて一言も聞かず、ただ、おっとりニコニコと笑って、

俺の好きなおかずをテーブルに並べてくれた。ハンバーグ





 そんなことを思い出しながら、俺はあることに思い至った。考えてみたら、実家に帰って

来てから毎日というもの、お袋は俺の好きなおかずばかりを作ってテーブルに並べてくれていたオムライス

ではないか。まいったな。あの日から俺は何も成長していない。親父は俺のピンチを超能力者

のように察知し、お袋は何も聞かず、ただニコニコと笑って、テーブルには好きなおかずが

並び、あの時のぬくもりは今、俺の背中の上にある。親父の規則正しい鼓動が背中越しに

伝わった、俺はなんだかものすごく安心している。

 ああ、俺もいつか、大切な人のシグナルに気づける人間になりたい。大切な人のピンチを

絶妙のタイミングで察知して、手を差し伸べられるような、そんな大きな人間になりたい。

 拓海は、背中におぶられてからずっと無言でいる栄太のほうをチラリと見た。

「親父。俺、東京で負けたんだ。で、逃げ出したかった。でも100%じゃない。99%の負け

なんだ。とことん負けるためには、あと1%しなきゃならないことが残っている。俺、大門治の

ワークショップに参加してくるよ。それで負けたら・・・また別の作戦を考える。とりあえず、

もう一つの目標は、俺と同じ性格の、親父のシグナルを見破ることなんだけど・・・」

 栄太は拓海の背中でスヤスヤと寝息を立てた。zz...

 それがタヌキ寝入りなのかどうかは、今日に所は追及しないでおいてやろう。

 親父からの借りは数えきれないけれど、とりあえず今夜、あの日の「おんぶ」の借りを

返せたことに拓海は満足することにした。



おわり



備考:このお話は、リンダブックス編集部 池田晴海 著 99のなみだ 心 よりお借りしました。