男と打ち解けようとしない女
こんな話は聞いたことは、あるだろうか・・・?
若い男女が、深夜に近い時間帯、郊外の道路をドライブしていた。
若いと言ってもティーンエイジャーでは、ない。男の方は20代後半。一見
好男子風だが、そう言い切るには、何かが欠けている顔であった。
女の方は・・・こちらも不細工ではない。が、若作りはしていたけれど、
ひょっとしたら30代に入っていたかもしれない。
まあ、それはいいだろう。
男はほとんど間断無くしゃべっていたが、間もなくわかるとおり、その内容と
来たらムード作りとはおよそかけ離れていた。
これは想像だが、おそらく男はお見合いパーティーか何かで、女をひっかけた。
いや、ひっかけたつもりだったのだろう。
ところが女はと言えば、顔はともかく愛想というものに乏しかった。男と打ち
溶けようという素振りもないのだった。
帰る方向が一緒なら自分の車で・・・と、女を乗せるところまでは計算通り
だったかもしれない。ついでに、
「いい夜だな。なじみの店があるんだけど、どう?」
などと言って、遠回りのコースを選んでいろいろとご機嫌取りに務めたに
違いない。もちろん、目的のための手段と言うやつだ。そして、目的さえ遂げれば
責任だのは一切、お構いなし。
(釣りは、引っかかる魚の方がバカなんだよな)
・・・ところがだ。今夜の女は違った。かたくなであった。と言うよりは男の下心
・・・いや下心しかない男の本心をとっくに見抜いて、さげすんだような口調であり、
態度なのであった。
いままで、「その方面」にそれなりの実績を上げ、「泣き寝入り」させてきた数を
勲章のように思い、自分にそれなり以上の自信を抱いてきた男には、その態度が鼻に
ついてならなかった。つまりちっぽけなプライドと言うやつを、傷付けられたわけ
である。
多少は美人かなと思って釣り上げようとはしたが、しょせんは年増ではないか。
○○○○○ではないか。一体何様のつもりなのだ、とも思った。そうして、
どうにかしてこの女の冷たい、感情に乏しい仏頂面を、ひっぺがえしてやりたいと
憎み始めたのであった。
(ちょっと顔がいいと思って、お高くとまりやがって。この、つんと澄ました女が
青ざめて、ヒステリックに泣き始め、化粧の崩れた顔を見てみたい。
しくしく泣き出しても一向に構わないけどな。それからどこかその辺の明るくて
にぎやかな場所に降りたい、休憩したいなどと言い出したら、郊外道路の不便極まりない、
真っ暗な場所に置いてきぼりにしてやろう・・・)
車道を照らす、オレンジ色の照明灯の列の中。男はそう考えていた。
「女の人が車の中に入ってきたよ」
と言って、男は暴力に訴えようと思ったわけではない。日頃考えることも、
やっていることも、最低の男ではあったが、一時の感情で暴力を振るうほど計算能力
まで乏しいわけではなかった。
それで男は二人っきりの狭い車内で、助手席の相手に向かって雰囲気たっぷりに
しゃべり続けていたのである。
そうだ。
こんな夜中のドライブにまつわる、都市伝説のたぐいを・・・。
「・・・それでね。その家族連れなんだけけれど。ハンドルを握っている父親の方が、
なんとかして黙りこんでいる後席の子供たちの気分を盛り上げようと、
流行のアニメソングを歌いかけてみたり、車内でできるゲームをしようかと言ってみたり、
いろいろと努力したわけなんだけど・・・子供たちいっこうに乗ってこないん
だな。
父親も最後には黙りがちになってしまった。夜も遅いだろう?そうそう。
ちょうどこんな時間だったそうだよ。今、俺たちが走っているみたいな、ね。
で、車内には運転席の父親と、後席のなんだか普段と違う様子の違う子供たちが二人
・・・誰もしゃべろうとしないし、子供たちは疲れているはずなのに、眠ろうともしない。
暗い車内で、なんだかバックミラーに映っている子供たちの目が、青白く光って
見えてさ。気詰まりもあったけれど・・・父親は、なんだか薄気味が悪くて仕方
がなくなってきた。どうして、二人とも、黙り込んだまま、こっちを目を見開いて
見つめているんだ?それに子供たちはなぜか、運転席とは反対の方に、体を
寄せるような座り方をしている・・・」
「・・・ふうん。それで?」
「父親は正直、わけがわからなくなってしまった。そりゃあそうだろう。おい、
今夜はどうしたんだ?二人とも、どこか体の調子が悪いんじゃないか?
気分が悪いのなら、お父さんに言うんだぞ・・・ってね、尋ねかけたそうだ。そうしたら、
子供たちは首を振った。そして、姉弟の姉の方が、こんなことをいうんだ
・・・。」
「ねえ、お父さん。さっき、トンネルを通ったよね」
「そうそう。トンネルさ」父親は妙な事を言い出すな、とは思ったけれど、
確かに車は長いトンネルを通ったのは事実だ。だから、
「ああ、そうだったな。それがどうかしたのかい?」
と、うなずいて、再び尋ねかけた・・・」
・・・男女の乗る車は、交通量の少ないまっすぐな道を走ってゆく。対向車の
ヘッドライトもまばらだ。
「娘は、
「長い長いトンネルだったね。お父さん?」
って、こういうのさ。変な言い方だろう?」
「・・・そうね。変な言い方ね」
「父親も、そう思った。そして、少し焦って来た。長いトンネルを通ったからと言って、
それがいったいなんだというんだ・・・と、まあ、こういう心境だったろうな。
そんな父親の反応に反して、娘は続けるんだ。
「あの、トンネル通っているとき。女の人が車の中に入ってきたよ、お父さん。
すうっと入ってきたよ。そしてね、お父さん。さっきからお父さんの座っている
椅子の下にいてね。そうして、時々、そこから顔をズルッと出して、笑っているよ。
げたげた、笑っているよ」
・・・とね」
「・・・・・・・・・」
道路に等間隔で並んでいる照明灯が次々と後方へ過ぎ去り、車内を明滅
させる。女はしばらくの間、無言であった。
「・・・ねえ。この車、中古よね?」
男は、そんな女の様子を楽しむかのように・・・実際楽しんでいたのだろう・・・
余韻たっぷりに間を置いた。そうして、ふふふ。と陰気に笑った。
「どうだい。この話?なかなかイケるだろう?どう思う?」
「・・・・・・・・・・」
女は何も言わない。感想はもちろん、なにも。その顔はじっと前方に向けられた
ままだ。
(利いたかな? 普通なら何か反応が、ありそうなものだが)
怖がっているかどうかは、はっきりとしない。けれども男は女の沈黙を、いっそう
の無表情を、たった今披露した話が利いているのだと思うことにした。
低い声で。
しかし、どこまでもそっけなく。
「・・・さっきから、誰か椅子の背を蹴ってくるのよ。後ろの席からね。ドーン。
ドーンって」
「俺たち二人きりなのに、後席から蹴ってくるやつがいる?ハッ!ハハッ!
やめろよ。悪趣味だな」
ついさっきまで怪談話で女を脅かそうとしてたくせに、男の背中には悪寒の
ようなものが走った。チラッとバックミラーに思わず視線を走らせる。もちろん、
暗いそこには誰も居はしない。居るはずもない。
しかし・・・。
「すごい勢いよ。ドーン。ドーンって・・・後ろの人。そうね。あなたの話風に言えば、
いつからかは知らないけれど、私たちよりもずうっと前に、この車に乗ってた
人ってところかしら」
「・・・おい。いいかげんにしろって」
男の口調は怒りを含み始めていた。
「さっきの話のお返しってわけか?・・・陰険な女だな。後ろの人?ハン!
どこにそんな人がいるって言うんだ。見ろよ。後席には荷物ひとつない。まして人なんか、
どこにいるって言うんだ?え?」
車に乗って以来、初めて女が男のほうに顔を向けた。
ガラス球のような眼であった。
その眼に照明灯の光が反射してキラリと光る。
「・・・あんた、バカ?いないから、普通じゃない。いわくがあるって言って
るのよ。それに後ろの人、さっきからあんたになにか、ぶつぶつとつぶやいているわ
よ」
「・・・・・・・怒るぞ」
怒りと言うよりは殺気さえ含んだ声で男は唸った。
「本当にそれが見えないの?」
当初の目的はもちろん、女を脅かすことさえ、もうどうでもよくなっていた。
実際、男はゾッとしてきたのだ。
何やら、本当に後席に口では言えない「もの」がいるような気さえしてくる
「怒りたいなら、勝手になさいな」
男の怒る気にも女は、ひるむそぶりも見せなかった。
「あんた、本当に気付いてないの?後ろの人の頭は、あんたの両足の間に
ずっと転がっているじゃない?ごろり、と転がっているじゃない?あんたの話
そのままにね。ずいぶん崩れて、目鼻も崩れてひどいありさまだけれど・・・あんたを
見上げて、ずっと、ぶつぶつ言っているじゃあない?下を見なさいよ。ようく見て
ごらんなさいよ。・・・・・・本当にそれが見えないの?」
女の目が、暗い車内でぼうっと燐光を放つ。あの怪談の姉弟のように。
「私は、走り出してすぐに気が付いたわ。だから・・・前しか見ないようにしていた
の・・・」
ものすごい急ブレーキの音が響いた。
こんな閑散とした郊外道路でなければ、確実に事故を起こすであろう蛇行運転の
末に、男の車は路肩に乗り上げて・・・止まった。
そうして、性別不明の、クラクションのような悲鳴が続く。
運転席の男が倒れこんだのか、それとも全く別の理由によるものか。
途中から本物のクラクションが高く長く鳴って・・・やがてそれも消えた。
付いていたヘッドライトもテールランプも、灯りもまた、すべて消えて
しまった。
交通量に少ない道路であり、時間帯であった。
車内が真っ暗な一台の車に注意を払うものなど、誰もいない。周囲には民家もなく、
悲鳴やクラクションに反応して、様子を見に来るものも・・・ない。
静かであった。
ドアが一度、静かに開いてまた閉じる音がしたようだが、確かではなかった。
ただ静かな車のそばを、時折、思い出したように後ろから来る車の
ヘッドライトが通り過ぎてゆく・・・・・・。
備考:このお話は、KKベストセラーズ さたな きあ 著 とてつもなく怖い話よりお借りしました。
あれっ?今、後ろから蹴ったの、誰だよ? 「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ」 キャッー