タクシー・ドライバーの長い夜 2 | Q太郎のブログ

Q太郎のブログ

パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

 

Q太郎のブログ




 

 小雨がパラパラと、運転の邪魔をするみたいに降っている。天気 雨


 俺は明治通りを直進して、渋谷のほうへ向かっていた。

 

 夜9時半。車通りは多くない。走っているのはタクシーが5割、ダンプとか貨物車が3割、タクシー


残りが普通の乗用車。俺は車を左側の車線に寄せて、少しスピードを落とす。歩道で手を


上げる人がいたら、すぐに止まれるように。ガーベラ


 交差点に差し掛かったところで、少し早目にブレーキを踏む。すると、遠くから救急車の救急車


サイレンが聞こえた。後ろから近づいてきている。左の路肩に寄せて、救急車が通れるように


道を開けた。しばらくして赤いランプとサイレンを響かせながら救急車が俺の車を追い抜いてパトランプ


行った。サイレンの音が低く、遠ざかっていく。


 夜の救急車って言うのは、ドキッとする。救急車

 

 佳美が病気になった時のことを、思い出させるから。道路






 


恵理佳がいなくなってから、1週間が過ぎたころだった。佳美がいきなり熱を出したんだ。赤ちゃん 体温計

 


 昼過ぎから、変な咳をするな、って思っていたら、夜になってからぐずりだした。頭を触ったら、


すげえ熱い。戸棚をひっくり返して見つけた体温計を、脇にさして測ると40度近い。ミドリキティ

 

 ほわほわ綿毛みたいな髪の毛が、汗でぐっしょり濡れて張り付いている。苦しそうにうーうー赤ちゃん 泣き顔


ってうめいていて、ミルクも手で払いのけてしまう。息遣いも荒い。


 アタマの中から血の気がザーって引いていくのがわかった。赤ちゃん

 

 ・・・ヤベエよ。死んじゃうよ。佳美、死んじゃうよ。


 熱が出たら、どうするんだっけか?俺はない頭を必死で引っ掻き回した。確か、


温かくして、頭と脇に冷たいタオルを当てて、それで水分をいっぱいとらせて・・・。黄緑

 

 大急ぎで準備をして、すぐにタオルを額に当ててやったけど、佳美の様子は変わらない。三女A

 

 辛そうで見てらんねえよ。どうすりゃいいんだ。


 そのとき、佳美が「ぶぶぶ」って弱弱しく唇を震わせて見せたんだ。ぼんやりとした瞳で、三女

 

マジマジと俺の顔を見つめながら。


 ・・・なんだよ。なんなんだよ。


 こんなに苦しそうなのに。どうしてお前、笑おうとするんだよ。次女

 


 目を開けるのもつらそうなのに、どうしてお前、甘えてくるんだよ。

 

 何にもできない俺なのに、どうしてお前、そんなに頼ってくれるんだよ。みどりさん


 俺は、お前が邪魔だって思ってたのに・・・。


 気が付くと、俺は佳美の熱い、小さな体をギュッと抱きしめていた。三女A

 

 ・・・こいつを絶対に助ける。助けるんだ!





 


 佳美を抱きしめたまま、「119番」をダイヤルして、救急車を呼んでくれ、って怒鳴った。救急車


けど、受付に出てくれた係りの人が、冷静に佳美の状態を聞いてから、近くにある救急病院の


窓口に行ったほうが早い、って教えてくれた。救急病院に着いて窓口の人に「早くしてくれ!」黄緑


って言ったら、落ち着いてくれってなだめられた。花


 結局、ただの風邪だって診断された。解熱剤と風邪薬をもらって家に帰って、スポイトを風邪ひき


使って口に流し込んでやったら、佳美は少し落ち着いたみたいだった。抱っこしながら背中を


撫でていたら、俺の胸にしがみついたまま眠ってしまった。ひよこ


 佳美のぬくもりが、じんわりと胸のところに伝わってくる。


 そのときからだ。


 その時から、俺はこいつのことを、絶対に幸せにしてやりたいって思ったんだ。花。


 チンピラみたいなどうしようもない俺が、父親になったのは、多分その時からだ。


佳美の病気が落ち着いてから、高校の時の先輩に頼み込んでタクシーの運転手になった。タクシー


 学歴とか、これまでの仕事とか関係なかったし、車は大好きで、高校を卒業してすぐに免許


も取ってたしな。働きながら2種免許も取れるって話だ。それに、まだ景気が悪くなかったはな。

 

ころで、結構な稼ぎになるって聞いたから、俺にはもってこいだ。


 夜のシフトに入れば、昼は佳美と一緒にいられる。夜は、ベビーシッターってやつをお願い車、日没


することにしておけば、どうにかなりそうだった。

 

 何年かタクシー会社で働いて試験を受けたりして資格を取ってから、個人タクシーを始めた。NYイエローキャブ

 

それから、ずっとこの仕事を続けている。







 

 渋谷のスクランブル交差点を通り過ぎた。横断歩道


 道玄坂のほうへハンドルを切る。ここはいつ通っても変わらない。大勢の若いヤツラが信号待ち信号


をしている。ビルの上のでかい広告と、朝も昼も夜もない灯り。いつ通っても、同じだ。信号


 乗客は二人の若い女だった。スーツを着て、こんな時間なのにメイクにも隙がない。多分、


どっかのOLかなんかだろう。会社帰りに少し飲んで、これから家に帰ろう、って感じだ。OL


「ね~ね~、聞いてよ、うちの課長って、まじでウザいんだから・・・」


 うるさい。十分前に乗車してから、ずーっとグチと悪口を交互に言い合っている。女の子 Hir


 乗客の事情なんてさ、どうでもいいけどよ、あんまり気持ちのいいもんじゃねえよな。


 こういう悪口ばっかり言ってる奴に、きっと佳美だったら、胸のすくようなことをビシッ

花
と言ってやるんだろうな。


 チラッとバックミラーを覗いた。話に夢中になっているOLたちが、佳美にビシッと言われて、女の子4


ギョッとした顔をするのを想像したら、ちょっと頬が緩んだ。ミラー








 

 佳美は元気に育った。俺に似て気が強いところがあって、しょっちゅう喧嘩したり、みどり


傷を作って帰ってくることがあったけど。


「これ以上、居られても困るから」って高校を卒業した俺や、「鷹志」っておれの名前の花


漢字を最後まで書けなかった恵理佳の娘なのに、佳美は頭がよかった。勉強もできた。


だから、小学校の高学年くらいになると、口喧嘩をしても俺のほうが言い負かされたもんだ。ランドセル


 そんな佳美の担任から、電話がかかってきたことがあった。小学校4年生のころだった。


「佳美ちゃんが、学校で女の子3人を泣かせてしまいまして・・・」三女A 次女A 長女A


 若い男の担任が、おどおどした声でそう告げた。でも、詳しく話を聞いてみたら、どうやら


佳美は「お母さんがいない子」「お母さんに捨てられた子」って、からかわれたらしいんだ。


俺がガキだった頃にも、そういういじめはあった。一番触れてほしくないことだし、花


本人にはどうしようもないことだから言い返す言葉もないんだ。気が弱いやつなんかだと、


それだけで泣いちまう。けど、佳美は違った。そこから、猛反撃に出たんだ。


「私には昼間もいてくれて、何でもやってくれるお父ちゃんがいるもん」運動会


「大体あんたなんか、運動もお母さんのいない私に勝てないくせに」


「前の授業参観日、お母さんが来ないって、ベソ書いてたでしょ」三女


「お母さんがいないって馬鹿にするのは、サベツっていうんだ。私知ってるもん。そういうことやってると、警察に

 

捕まるんだよ」


 そんな調子で徹底的に言い負かして、しまいには、相手の女の子たちが泣き出したらしい。次女D


 受話器を握ったまま、俺は内心で「よっしゃ!」って叫んでたよ。まあ、口先では


「あー、すんません」なんて言っておいたけどな。花






 


 電話を切った時、佳美は風呂に入っていた。随分と長い間。風呂


 うちは安アパートでちっちゃな壁だから、ちょろちょろ水を出しっぱなしにしている音が台所


まで聞こえてきた。蛇口が開けっ放しみたいだ。「水が勿体ねーよ」って佳美に風呂


注意しようと風呂場に向かったんだ。そしたら、水がこぼれる音の中から「すすっ」って、


すすり上げる声が聞こえたんだ。鼻をすする声がさ・・・。150


 そんなの聞いてたら、俺まで泣きそうになった。


 佳美は悔しかったんだ。精一杯言い返したんだけど、悔しくって仕方なかったんだ。149


 風呂から上がってきた佳美は、なんかすっきりした顔をしていた。俺は、何も言わずに


佳美の濡れた頭を撫でてやった。そしたら、佳美の奴、黙ってちょっと淋しそうな、照れくさそうな016


笑顔を見せたっけ。佳美は、俺の娘は、そういうやつだ。








 

 おしゃべりなOLを三軒茶屋あたりで降ろして、おれはまた都心のほうへ車を向けた。NYイエローキャブ








 

 タクシーを駐車場に停めて、キーをロックして、手袋を脱ぐと大きなため息が出た。タクシー


 ふう、って見上げたら、もう空は白ずんでいて小鳥たちが騒がしく鳴いている。

 

 アパートの階段を上がって、静かに部屋に入る。ジャケットと帽子を壁掛けにかけて、
アパート

ネクタイを緩め、台所で水を一杯。食卓には「お疲れ様」って、佳美のメモ。


 廊下のほうから、寝息が聞こえる。佳美の部屋の扉は半分開けっ放しになっていた。俺は花


佳美の部屋をそっと覗きこむ。スー、スーって安らかな生き使いが、気持ちいいリズムで


聞こえる。目を閉じた佳美の顔が、赤ん坊のころにそっくりで、なんか胸に熱いものが込み上げて花


きた。






 

 俺は、幸せだ。さんざん苦労もした。金もなくなって、佳美にもっともっといろいろ買ってやり千円


たかったけどできなかった。恵理佳も逃げちまった。勉強もしなかったし、もっとまじめに


やってればって思うことはいっぱいあった。花

 

 でも、俺は幸せだ。こんな寝顔が見られるなら、俺はなんだってやる。


 佳美は大切な俺の娘だ。幸せにしてやらなきゃいけないんだ。ラブラブ


 だから・・・。


 さみしいけどよ。カレとかって奴と仲良くするのもシャクだけどよ。いつか出てっちまうのも花


イヤだけどよ。どこのヤロウかもわからねえ奴との結婚なんてありえねえけどよ。カゼ


 でも、佳美はきっと幸せになる。俺みたいに苦労をするかもしれないけど。


 だからやっぱり、俺は、認めてやらなきゃいけないんだ。花


 いつの間にか、膝に乗せた両こぶしに、ぽたぽた涙がこぼれてた。こんなかっこのまま、汗


俺はじっとしていた。それから、泣き寝入りみたいな感じで、眠ってしまった。







 

 「お父ちゃん、起きてよ。もう、1時だよ。私も出かけちゃうよ!」女の子4


 昼過ぎ、佳美が台所から俺に声をかけてくれた。

 

 昨日のことなんて、何でもなかったみたいな様子で、調子が狂う。ガーン


 「おう」


 ぼんやりと返事をして、食卓に行く。俺の大好きな、塩鮭と味噌汁、おしんこと白い飯だ。ご飯 さかな みそ汁


 いただきます、と口の中で呟いて箸をとると、佳美が前に座った。


「お父ちゃん、昨日のこと・・・」ラブラブ


「お・・・おう」


 目いっぱい動揺してたけど、あんまりみっともないかっこなんて見せたくねえ。汗


 胸を張って、昨日の夜に決めたことを言ってやらなきゃ。


「・・・会うよ。今度連れてこいよ」ラブラブ!


「うん」


「で、もしな、お前が結婚したいって言うなら、それがお前が決めたことなら、いいよ。ガーン


俺は認める。俺も同じ年のころに結婚したんだし・・・」

 


「ちょっとちょっとお父ちゃん、気が早いって」チューリップ


 と、両手と顔を勢いよく振りながら、佳美が目をでっかく見開いている。目


「あ?」


「カレさ、きちんと挨拶しておきたいって言ってるだけだよ。ちゃんとお付き合いしてますよって。音譜


お父ちゃんに少しでも安心してほしいからって、気を使ってくれてるんだよ」花


「はあぁ?」


「だから、私、まだ結婚なんかしないよ」ラブラブ


「だって、おまえ・・・」


 コツン、と音を立てて箸が食卓に転がった。くすくすと、佳美が笑っている。131


 ・・・バカか、おれは。


 椅子の上からずり落ちそうになった。赤チューリップ


「ったくよ。そんなこと言って、行きそびれんじゃねーぞ」


「あ、ひっど~い」花。


 佳美が頬をふくらませて見せて、二人で笑いあった。笑2






 


 ひとしきり笑った後で、「もう、授業に遅れちゃうじゃん」とつぶやきながら、佳美はきゃぁ~


食卓の片づけを始めた。俺に背を向けて食器を台所へと運んでいく。


 突然、台所からイタズラそうな表情の佳美が顔を出した。にこっ


「・・・学校から帰ったら、カレー作るね。すっごい辛いやつ」


 うなずいて見せると、佳美は「行ってきます」って声を残して出て行った。にかっ





 

 昨日もカレーだったよな。つい苦笑が漏れる。きっと、また夕方にはカレーの香りがカレー


 


部屋中に漂うんだろう。俺の好物の辛いカレー。本当は佳美が苦手なはずの辛いカレー。カレー


 


 舌がしびれるほどの幸せなカレーの香りが。香ミドリキティ






おわり



 

備考: このお話は、リンダブックス編集部 田中孝博 著 99のなみだ 心 よりお借りしました。