「自由律俳句」とは。
咳をしても一人入れものが無い両手で受ける_(放哉(ほうさい)_)うしろすがたのしぐれてゆくか分け入つても分け入つても青い山(山頭火(さんとうか)_)俳句をまったく知らない人なら、ただのメモ書きにしか見えないだろうが、これもまた俳句。
五七五という定型にとらわれないという意味で「自由律俳句」と呼ばれている。
代表的な俳人は尾崎(おざき)放哉と種田(たねだ)山頭火で、最初の二句が放哉、後の二句が山頭火の作品である。
放哉は東大卒のエリートだったが、社会生活になじめず酒で失敗をくり返すうちに、僧となって各地を放浪。
山頭火も、早大中退後、故郷に帰って父の酒造業を継いだが、やがて妻子や世間も捨て、行乞(ぎようこつ)となって各地を流転(るてん)した。
彼らはどんな束縛からも逃れたかったのだ。