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こういう曲を「おしゃれ」と言うのでしょう。「ショパンを聴きながら 夜には詩をよんだ ベルレーヌやボードレール おぼえているかい」こんな二十才はいないとおもいますが、フランス(語)に造詣に深い、なかにし・安井ご両人らしい詞ですね。
作詞:BORO 作曲・編曲:井上大輔
「大阪で生まれた女」があまりにも有名なBOROの83年の曲です。大塚製薬から発売されてた「シンビーノ」のCMソングでした。
「粛々」、政治家ではない私も、結構使ってしまいますね。
新潮社HPより、編集者の紹介文です。
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法案が否決されれば「粛々」と再議決し、不信任案が出されれば「粛々」と否決する。あるいは、不祥事が発覚した際は法に従って「粛々」と処分を進め、批判を受けながらも大規模な公共事業を「粛々」と続ける……最近の政治家や官僚たちは、「粛々」という言葉が大好きです。インターネットで検索すると、2010年の一年間で「粛々」が使われた新聞記事は、『朝日』で213、『読売』で205、『毎日』で176、三つの全国紙を合わせると594件にもなるのだとか。1990年には三紙合わせても19件でしたから、いかに“粛々の時代”になったかが分ろうというもの。90年代以降、日本は政治も経済も混迷し、あちこちで不祥事が明るみに出ました。そんな時代、組織のトップたちにできることといえば、「慌てず騒がず」しかなかった、ということでしょうか。
そんな「粛々」という言葉――その「流行の始まり」を辿っていくと、どうやらそれは江戸時代の漢詩人・頼山陽による、川中島の合戦を描いた詩に行き着くようです。上杉謙信が武田信玄の本陣に不意打ちをかけようと密かに川を渡るシーンを描いた詩にこうあります。
「鞭声粛々 夜 河を過る
暁に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨なり十年 一剣を磨く
流星光底 長蛇を逸す」
思わず情景が浮かんでくる、迫力のある詩句でしょう。この詩は、明治になってもいっぱしの文化人を気取る者なら誰もが知っていたといいます。それが今では、「粛々」のフレーズだけが残って使われるようになったというわけです。
ただ実は、現在の「粛々」と頼山陽の詩での使われ方では、ある決定的な意味の違いがあることをご存知でしょうか? 今日使われる「粛々」は、「慌てず騒がず、おごそかに」といった意味に解釈されます。頼山陽の詩の一節も、もちろんそうした意味で使われているのですが、さらにもう一つ別の意味も込められていたのです。それは、闇夜を切り裂き響き渡る鞭の音……。そこには絶妙な効果音も反映されていたのでした。
「粛々」の語は、そもそも古代中国では鳥が羽ばたく音を表す擬態語だったのです。頼山陽は、そのことを知識として理解しており、武者たちの行動のニュアンスだけでなく具体的な「音」を重ね合わせてこの詩を詠ったのでした。
今、我々が普通に使っている漢字の形容語中には、「粛々」と同じように、かつては擬態語だったものが意外なほど多いのです。堂々、丁寧、辟易、颯爽、酩酊、逡巡……みな擬態語です。それらは元はどういう意味だったのか、どのように輸入されて「日本語化」していったのか――漢字文化の特異な歴史を探ります。
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大御所フランク永井が、山下達郎プロデュースで新境地を開いたと、82年に話題になった曲です。この曲を歌うフランク永井の、余裕に満ちた、かつ楽しそうな表情が忘れられません。
90年・93年総選挙の結果です。自民党は両方とも3名当選。票が非常に上手く割れています。90年の1位は、社会党新人の時崎氏、民社党の塚田氏が次点です。93年は逆で、塚田氏が1位で返り咲き、前回トップの時崎氏が落選と、自民党の3名を挟んでちょうど入れ替わった形となっています。
(90年)
当選 時崎 雄司 50 社会 新 134009 (1) 当選 葉梨 信行 61 自民 前 112924 (9) 当選 額賀 福志郎 46 自民 前 106885 (3) 当選 中山 利生 64 自民 前 103974 (6) 塚田 延充 52 民社 前 80887 関戸 秀子 43 共産 新 20345 鵜浦 勉 42 無所属 新 10508
(93年)
当選 塚田 延充 55 民社 元 125235 (3) 当選 額賀 福志郎 49 自民 前 111912 (4) 当選 中山 利生 68 自民 前 104559 (7) 当選 葉梨 信行 64 自民 前 94600 (10) 時崎 雄司 53 社会 前 77927 関戸 秀子 47 共産 新 25786
93年で中選挙区は終わりとなり、96年からは小選挙区へ移行となりますが、自民党の3名のうち額賀氏は新2区、葉梨氏と中山氏は新3区へ移ります。(コスタリカで対応) 自民党からは旧3区から赤城氏が回り、時崎・塚田氏と96年小選挙区を争うことになりますが、どうなったのでしょうか。
当選 赤城 徳彦 37 自民 前 114796 (3) 重複 塚田 延充 58 新進 前 63069 時崎 雄司 56 民主 元 24730 重複 関戸 秀子 50 共産 新 15185
のちに「絆創膏大臣」と揶揄される赤城氏が当選。新進党に移った塚田氏が次点、民主党に移った時崎氏は惨敗です。土井ブームの90年がトップ、93年次点、96年の惨敗と、社会党の落潮ぶりを象徴しているかのようでした。
駿台の名物日本史教師の講義録です。ちょっとというか、かなり「左」だなというのが読後感です。それを鵜呑みにしない人であれば、面白くオススメですが、予備校生はどう感じているのか興味あるところです。
講談社HPより。
「すべての答えは、戦後66年の歴史のなかにある
東大・早慶大を目指す受験生十万人に圧倒的な支持を受けた伝説の白熱教室
<3・11>で大転換した「日本の戦後」とは何だったか?
占領、一億総懺悔、五大改革指令、逆コース、五五年体制、安保条約……学校では教えられない生きた歴史
歴史を見ることは、現在を見ること」
目次は以下の通りです。
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序 なぜ、戦後史を学ぶのか
第一部 占領された日本
第一章 占領と戦後改革
大日本帝国の崩壊/連合国軍による占領/皇族内閣と「一億総懺悔」/五大改革指令と日本の「非軍事化・民主化」/財閥解体/農地改革/労働組合の奨励/教育の自由主義化/国家神道と天皇の人間宣言/極東国際軍事裁判(東京裁判)/日本国憲法の制定/日本国憲法に基づく民主的諸制度/政党の再建/敗戦と文化
第二章 敗戦後の日本経済と社会
敗戦後の国民生活/経済の再建とインフレ対策/社会運動の高揚と二・一ゼネスト/中道連立政権/焼け跡の町と風俗
第三章 占領政策の転換
冷戦/占領政策の転換と経済の自立/労働運動の抑圧/一九四〇年代末の社会と文化
第四章 朝鮮戦争と講和
朝鮮戦争/逆コース/講和と占領終結/逆コースと社会
第二部 占領終結後の日本
第一章 冷戦体制と主権回復後の日本
吉田茂の保守政権/五五年体制の成立/「雪どけ」と核兵器反対運動/朝鮮特需と日本経済の復興/独立回復した日本の社会と文化
第二章 日米新安保体制
岸信介内閣と日米新安保条約/安保闘争/池田勇人の保守政権と高度経済成長政策/新安保条約成立後の社会と文化
第三章 ベトナム戦争と七〇年安保闘争
佐藤栄作保守長期政権と対米協調/ベトナム戦争/七〇年安保闘争と全共闘運動/沖縄返還と沖縄闘争/一九六〇年代の社会と文化
第四章 高度経済成長と「経済大国」
経済成長と日本社会/産業構造の高度化/高度経済成長のひずみ
第三部 現代の世界と日本
第一章 高度経済成長の終焉と日本の政治・経済
一九七〇年代の世界と日本/オイル=ショックと日本/一九七〇年代の政局/行政改革とバブル経済/一九八〇年代の政局/現代社会と社会運動
第二章 ポスト冷戦と五五年体制の崩壊
冷戦の終結/五五年体制の崩壊/二一世紀の政局と平成不況
「むすび」にかえて 九・一一以降の世界と三・一一以降の日本
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同名の82年TBS金曜ドラマの主題歌です。主演は倍賞千恵子・根津甚八。倍賞が未亡人、根津が運転手(トラックだったかな)を演じた、大人のラブサスペンスでした。根津は私の故郷である山梨県都留市の出身ですが、先年実質引退してしまいました。
これは86年総選挙の結果ですが、前回次点の中山氏が返り咲き、社会党の天野氏が落選したので、自民+1、社会▲1ということになりました。前回初当選した額賀氏と塚田氏は議席を守っています。
当選 中山 利生 61 自民 元 122384 (5) 当選 額賀 福志郎 42 自民 前 111933 (2) 当選 葉梨 信行 57 自民 前 98314 (8) 当選 塚田 延充 48 民社 前 88479 (2) 天野 等 52 社会 前 83310 関戸 秀子 40 共産 新 20182 久保田 孝 44 無所属 新 2481
額賀氏は、前回は無所属でしたが、今回は自民党公認で、得票も堂々の10万票超えです。その後も当選を重ね、防衛庁長官(2回)、経企庁長官、党政調会長、財務相など主要ポストを歴任していきます。が、初回防衛庁長官時は問責決議で辞任、経企庁長官(→初代経済財政担当大臣)時はKSDからの政治献金が発覚し、途中辞任と何となくついていない感がありますし、何となく地味です。とはいえ、現在の民主党政 権の不安定ぶりはやはり経験不足によるところも多いので、このような経験豊富な人を与野党問わず活用していくことが必要なのかもしれません。現在の一川防衛大臣のお粗末振りは、2度目の防衛庁長官の時に普天間移設案を纏めた額賀氏とは大きな違いがあるようです。
