今週は寒のもどりで、都心でも、桜と雪のコンビネーションが見られた。庭のデッキで、ワンコとの日光浴を楽しみたいと思っても、天気はともかく、なかなか、頃合いの気温になってくれない。先週は、25度以上の夏日が続いた。一部の地域では、30度超えの真夏日もあったようだ。近年は、春秋でも、寒暖の差が大きくなったように思われる。寝具や服装を気候に合わせるのも大変だ。従来の季節感はあてにできなくなった。
今週の室内ランは、60分(L4通し)×1回に終わった。週の半ばから、鼻が詰まり気味で、喉のいがらっぽい症状が続くと思っていたら、風邪にかかったようだ。運動後には免疫低下が起きる。今は咳と微熱(悪寒)の段階で、体力が奪われる。症状が消えるまで、運動は控えるつもりだ。今回のブログの大半は元気なうちに作成している。ユーチューブの曲のアップも、以前に作成した取り置き分を用いた。無理はしない。
今週の映画紹介は、先週の『ケイン号の叛乱』(1954)の続きである。反乱罪で共同被告となったマリクとキースの弁護を打診されたグリーンウォルド大尉(ホセ・フェラー)は面談に訪れる。絞首刑の可能性が高く、8人が弁護を断っていると伝えるが、話を聞き、無罪を確信したグリーンウォルドは、弁護を引き受ける。キーファーも付き添っていたが、教唆罪の可能性を指摘されると、被告じゃないからと部屋を出る。
艦長の精神異常を提督に報告するよう彼らをそそのかしたのもキーファーで、そのくせ、彼は、土壇場になると、反乱罪を恐れて、自分だけ抜けようとした。いざというときは海軍規程第184条があると彼らにほのめかしたのもキーファーだが、自分は抜け目なく保身を図り、彼らと行動を共にしなかった。そのために、彼は反乱罪の被告にならずに済んだ。裁判でも、彼は教唆罪に問われないように、注意深く証言をする。
裁判では、戦争の英雄であるクイーグの尊厳を軍は守ろうとする。弁護人と被告が黄色い染料(臆病者)というあだ名を口にしただけでも、品位を傷つけるような言動は慎むように要求される。3人の精神科医が彼を偏執病ではなく正常だとする診断を下していた。マリクも、艦長の精神異常が問題視されてからは、専門書を読んで、日誌を付けていたが、医学的な証拠能力を欠いていた。彼らに勝ち目がないように思われた。
証言台のキーファーは検察の質問に答える。「艦長の交代をいつ知った?」「副長に呼ばれて集合し、そこで聞きました」「艦長は病気に見えたか」「台風で皆が変でした」「艦長は反乱共謀を警告したはず。なぜそれを無視した?」「私は交代劇を見ておらず、判断しかねたから」「艦長が指揮をとっていた期間中、彼に精神障害の兆候は?」「私は精神科医ではない」キーファーは、持論の艦長異常説を封じ、身を守る証言に徹する。
キーファーはマリクらに不利な証言をする。「被告は7月31日以前から艦長の精神状態に疑念を?」「ええ、艦長の行状を記した病状日誌を」「それを読めば交代は正当だと?」「ノーです。説得され一緒に提督に訴えに行ったことが。土壇場で私は『日誌は証拠にならない。反乱罪になるだけだと』」「交代劇に驚いたかね」「ええ、仰天しました」「喜ばしいと?」「マリクは親友です。困惑しました。やっかいな事になるだろうと」
次いで、クイーグを正常だと診断した精神科医も証人として呼ばれる。軍医は彼が過去に問題を抱えていたことを漏らすも、弁護人が詳細を尋ねようとすると検察から異議が入る。「本裁判では艦長の精神構造が重要な鍵」と弁護人が主張すると、異議は却下される。クイーグには「幼少期の不遇と成人後の体験からくる劣等感」があった。「成人後の体験」とは「過酷な戦場で、長年、緊張を強いられたことによるもの」であった。
クイーグが完全主義者で、些細なことで部下を責め立てることも、自分が皆から敵対していると思うことも、批判されると迫害されたと感じることも軍医は認める。その証言から、弁護人はクイーグの性格を次のようにまとめる。「頑固、被害妄想、不合理な猜疑、常に自分が正しいとの思い込み、以上の病気をひと言で表せば?」「誰が病気と?」「失礼した。以上の性向を持つ人格を何と?」「偏執狂と、だが病気ではない」
弁護人はくり返す。「[以上の性向を持つ人を]どんな人格と?」「偏執狂だ。弁護人は言葉をゆがめている。精神疾患と精神障害は違う」「彼は指揮の緊張から無能力に?」「まさか」「海上勤務の経験は?」「無い」「海軍には何年?」「5か月だ」「他の艦長を診たことは?」「無い」「では艦長のストレスには素人同然。診断を完全に誤ったかも。以上」弁護人は、精神科医にも偏執狂と偏執病の線引きは困難だと印象づけようとする。
ここで検察が軍医に助け舟を出す。「常に決断を迫られる人物を診たことは?企業の社長とか」「少なからず」「神経症が進むと肝心な時に判断を誤ることも?」「あります」「クイーグ少佐の場合、その心配は無いと?」「そうです」「ありがとう、以上です」その後、マリク本人の尋問に移るが、彼の証言も検察には通じない。マリクは不安を隠しきれないが、グリーンウォルドは「まだまだ第1幕で終幕はこれから」と余裕を見せる。
最後に、クイーグ本人が証言台に立つ。彼は能弁で、検察の質問には余裕を見せていた。「たるみきった艦を立て直す決意でした。マリックは私を変人扱い、最初から反抗的でした」「指揮権を奪われたとき、艦は沈没の淵に?」「台風は常に危険です。だが、艦は大丈夫だった。なのにマリクは取り乱し、自分を救世主と勘違い。頼りなく、従順でもないキース少尉も結託して私に反抗した。魔が差したんでしょう」「以上です」
弁護人がクイーグを尋問する番になると、首席判事から事前警告がなされる。「立場上、少佐の能力を問うことになろうが、節度と敬意をもって臨むよう」「クイーグさん、あなたは標的曳航中、引き綱を切りましたか?」ここで検察の異議申し立てが入る。弁護人は審判団に訴える。「検察側は医師の鑑定で決着がついたものと。しかし判定は、海軍将校のあなた方が下すべきと。そのために行為の再吟味を」検察の異議は却下される。
弁護人は同じ質問をくり返す。「引き綱を切りましたか?」「その中傷には喜んで説明を。曳航中、近くで砲弾が炸裂。避けようと方向転換を」「そのまま旋回」「操舵手がうかつで報告を怠ったのだ。私が気づいてすぐ反転。綱を突っ切らずにすんだ」「ほかに気をとられていた事は?」「さあ、別に」「水兵のシャツの裾が出ていたため叱責。その間に艦は旋回したのでは?」「叱責はしたが数秒のこと」クイーグはしらばくれる。
「海兵隊員を護送の際、黄色い染料標識の投下を?」クイーグは「記憶に無い」をくり返す。彼は落ち着かない素振りを見せる。グリーンウォルドは畳みかける。「標識を撒くと、さっさと引き返したのでは?」「侮辱的な誘導尋問」と検察が吠える。「戦場でひるんだとは軍人への最大の避難」と審判団も憤る。弁護人も負けていない。「米国海軍の艦長たる者、臆病なはずがない。そう見える行動を取った理由は別にあるはず」
弁護人の尋問はイチゴ事件に及ぶ。イチゴ事件とは、クイーグが夜中に騒ぎ出して、乗組員を集合させ、「大量のイチゴを隠れて食べた者がいて、奴は冷蔵庫の合鍵を作って犯行に及んだ」と主張し、犯人捜しのため、全員の所持品検査を命じたものだ。艦長が、缶に入れた砂をイチゴに見立てて、乗組員に不足量を計量させる場面は偏執狂的で滑稽の極みであった。真相は食事係の盗み食いによるもので、合鍵は最初からなかった。
クイーグは、弁護人とのやりとりでも、「鍵は存在した」と言い張り、興奮した様子で、椅子の肘を叩く。検察が休廷を申し入れるも、クイーグは続行を希望する。「どんな質問にも答える」「大捜索を?」「させたが士官どもがさぼって見つからなかった」「事の発端は5合のイチゴ」「食料泥棒は、量の多少によらず重大事だ」「真相は食事係の盗み食い。鍵は幻」「くり返すが鍵は存在した。食事係のことは知らん」彼は強情になる。
「彼の居場所を?」「知らん」「サンディエゴにいます。召喚ずみで、呼べばすぐ来る。証言させますか」「いや、その必要は無い」そう言って、クイーグは、気を落ち着かせるために、例の金属玉をポケットから取り出し、カチャカチャさせ出す。「そう言えば、食事係のことを言ってた気が」と彼は前言を翻す。「だがあいつはいいかげんな男だから」「ではハーディングを召喚します」クイーグは頑なに彼の召喚を拒む。
偏執病の症状が一目瞭然になる。「士官は全員、従順ではない。規律徹底に反発して、シャツの裾にも知らん顔。引き綱の一件もだ。綱の欠陥のせいなのに、私のミスに仕立て上げた。黄色い染料の一件もマリクが無能なのに。イチゴ事件では、皆はあざ笑ったが、幾何学的論理で解明して見せた。出動命令さえ無ければ、鍵は出てきたはず」彼は玉転がしを行う。検察も審判団も言葉を失う。これ以上の精神異常の証明はない。
二人の無罪を祝う士官仲間のパーティー会場に、酒に酔ったグリーンウォルド大尉が来て、裁判後の心境をマリクに語る。「君を無実と見て弁護した。そして、勝つためにクイーグを沈めた。嫌な気分だ。いいか、私が法律を学び、キーファーが小説を書き、キースがプリンストンで遊んでいた間、この国を守っていたのは誰だ。我々は違う。金にならないってな。汚れ仕事をやってたのはクイーグたちだ。強くて賢い軍人たちだ」
彼は続ける。「法廷では敢えて触れなかったが、染料事件後、彼は君らに協力を求めた」「確かに」とマリク。「だが君らは彼を認めず、背を向け、バカにして戯れ歌まで作った。もし彼の求めに応じて忠実でいたら、交代劇にまで至ったと思うか、マリク」「至らなかったろう」とマリク。「罪は僕らに」とキース。「分かってきたな。艦長が好きだからじゃない、艦長が艦長だから従うんだ。一件落着。全員放免だ。後味は悪いがね」
今度は、グリーンウォルドの矛先は卑怯者のキーファーに向けられる。「真の被告はケイン号の座付き作家。狡猾なシェイクスピアだ。[中略]彼の証言を読むといい。実に巧みだ」と彼を断罪する。「クイーグは病気。君は健康だが度胸は彼の10分の1だ」「自分に正直でね」キーファーは、上司への敬意や忠誠心などはみじんもなくて、表向きは従順に見せながら、裏では彼らをあざ笑っていた。面従腹背を地で行く人物である。
最後に、グリーンウォルドはキーファーに言う。「君に乾杯しよう。海軍嫌いの君は筋書きを思いつき、自分の手は汚さず、巧妙に事を運んだ。マリクには生涯、反乱者の烙印、だが君は本を出し、大金を稼ぎ、映画スターと結婚。良心が痛むことも無いだろう。『ケイン号の叛乱』の作者に乾杯だ」そう言って、彼はキーファーの顔に思いっきり酒を浴びせる。グリーンウォルドは出て行き、士官仲間もパーティー会場を後にする。
完全なハッピーエンドではないが、物語の結末としては、これ以上ない絶妙なものであった。二人の青年士官は絞首刑を免れたものの、グリーンウォルドのように後味の悪さを感じる視聴者も、酒の力を借りた彼の最後の言動に溜飲を下げる。卑怯なキーファーは一刀両断の元に断罪された。クイーグは勇敢な海軍士官だったが、戦争の過大なストレスは彼をすっかり臆病にしていた。「少佐、お疲れさま」と労をねぎらいたい。
無罪が確定後、ウィリーは、すぐに、恋人のメイに電話をして、結婚を申し込む。その後、二人が母親と和気あいあいに同じタクシーに乗っているところをみると、3人の関係はうまく行っているようだ。彼が新たに配属された艦に乗り込むと、新艦長は、あの口の悪いデヴリースであった。キース役のロバート・フランシスは、将来を嘱望されるなか、本作公開の翌年に、自ら操縦する飛行機の墜落事故で亡くなっている。
『ケイン号の叛乱』(1954)は、『情婦』(1957)と双璧をなす法廷ものの最高傑作だと断言できる。両作とも、タイトルに興味がもてず、長い間、観ないで損をした。改めてじっくり観ると、それだけで人生が豊かになる気がする。ボガートの深い演技も真に迫っていた。かつての水野晴郎の決め台詞で言えば、「いやあ、映画って本当にいいものですね」と叫びたくなる。これからも、タイトルに惑わされず、佳作を見つけよう。
ワンコネタを挟もう。ロイヤル・カナンの療法食公式通販に、かかりつけの動物病院などの情報の再入力とともに再登録を行い、再び、正規販売の医療餌を購入できるようになった。さっそく、小型犬用のユリナリーS/O+満腹感サポート(ドライ)の8kgの大袋を購入した。価格は2万5千円近くに値上がりしていた。それでも、アマゾンの販売サイトで買うことを思うと、割安である。もっと早く再登録しておけばよかった。
公式サイトのリニューアル時に、なぜかログインができなくなって、一時期、アマゾンの販売サイトでの購入に切り替えていた。下部尿路疾患用の餌(ユリナリーS/O)はアマゾンでも入手可能だが、肥満対策用の餌(満腹感サポート)も兼ねている上記の餌は、公式サイトでないと手に入らない。満腹感サポートがないと、同じように規定量の餌を与えても、ワンコに空腹感が残り、あの殺人的な食欲を引き起こすのである。
アマゾンでの購入には、もう一つ問題がある。いつも、8kg入りの大袋を買っているのだが、この大袋がアマゾンのサイトには見当たらない点である。普通に出回っているのは3kgまでで、そのために2袋買うのだが、満腹感サポートが付いていないのに、6kgで8kgの大袋と同じような価格になることだ。あと、口コミが気になる人には、フランス本国製か韓国製かと言う問題もある。今回、再登録できて本当によかった。
電子楽譜ネタに移ろう。岡晴夫の「東京の花売娘」(1946再アップ)については、前回のアップ(テンポ120)では、原曲の演奏時間(3:16前後)に比べて20秒ほど短くなっていたため、今回のアップでは、テンポ108に再調整した。曲の広がりやゆったり感が増したように思われる。本曲は、お気に入りと言うわけではないが、「憧れのハワイ航路」(1948)と並んで、岡の代表曲のため、納得の行くアップにしておく必要があった。
藤島桓夫の「みかえり港」(1961)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にテンポの目安を示す音楽記号の記載はなく、原曲の演奏時間(3分前後)に合わせると、120に落ち着いた。曲の構成面で大きな問題はなく、閉じた反復記号よりも後ということで、DCも正常に働いた。本曲は3フラットの変ホ長調だが、コーダに導かれる3番歌唱末の2小節ほどが2フラットの変ロ長調になっていた。1フラット抜けの誤植であろう。
三波春夫の「居酒屋物語」(1961)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にテンポの目安を示す音楽記号の記載はなく、原曲の確認もとれなかったため、聴いた感覚に頼り、4分の2拍子の曲で、72に調整した。電子楽譜化において、原譜どおりだと、DCが正しく機能せず、閉じる反復記号の位置までずらしてからファイルを作成し、手作業で14小節ほどの不要部をカットした。演奏時間は、不要部を除くと、3分弱になった。
美空ひばりの「素敵な今夜」(1961)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にチャ・チャ・チャのリズムの指示があり、聴いた感覚に頼り、とりあえず、スコアメーカーのデフォルト値である120のままにした。チャ・チャ・チャはキューバ由来のダンス曲で、100程度を想定した速くも遅くもない中間的なテンポになるらしい。実際、100や110も試したが、やや、遅く感じられた。120も中間的と言えば中間的な速さである。
曲の構成に問題はなかったが、原譜の譜面は痩せていて、いかにも不完全譜に思えた。それに比べて、確認できた原曲は、豊かな編曲を施された後年のもので、演奏時間も4分弱あり、これに合わせると、とんでもないスロー・テンポになる。ひばりの歌唱部に合わせると、120のままでよいように思われたが、演奏時間は2分半前後で、1分以上は短くなった。照合するなら、発売当初の版でなければなるまい。不亦楽乎。
大津美子の「グッドバイ」(1961)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にスロー・ワルツの指示があり、原曲の確認はとれず、聴いた感覚に頼り、84に調整した。スロー・ワルツは84~90を想定すればよいようだ。原譜どおりだと、DSが正しく機能せず、閉じる反復記号の位置までずらしてからファイルを作成し、手作業で8小節ほどの不要部をカットした。6回くり返される「グッドバイ」の歌詞は不自然で英語に改めた。
本曲では、曲末でリタルダンドとフェルマータの間にデクレッシェンドが置かれているケースに出くわした。電子楽譜における曲末で徐々に音が弱まり聞こえなくなる設定という意味で、大いに参考になった。これまで、F.O.(フェイド・アウト)の指示で終わる曲が何曲も見られたが、スコアメーカー上での効果的な調整法が思いつかず、大きな違和感もなかったため、未処理のまま、ファイルを完成させていた。不亦楽乎。
松尾和子の「聖夜」(1961)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にSlowlyの指示があり、スコアメーカーではSlowと区別されず、自動的に60に設定されたが、電子楽譜の演奏がかったるく感じられたため、聴いた感覚に頼り、84に調整した。もう4月なので、クリスマス・イヴの悲しい曲でもあるまいが、吉田正ならではの、短調の物憂げな旋律を散らした大人の気だるい雰囲気が耳に残り、つい、アップしてしまった。
水前寺清子の「東京でだめなら」(1969)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にモデラートの指示があり、原曲の演奏時間(3分強)に合わせると、96に落ち着いた。電子楽譜化において、曲の構成面では大きな問題は見られなかったが、フェイド・アウトの指示のある曲末部が、原譜どおりだと、不自然な終わりかたになるため、同じような展開になる前・間奏の演奏の一部を1フレーズだけ加え、違和感を抑えた。不亦楽乎。
伊東ゆかりの「朝を返して」(1969)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にモデラートの指示があり、原曲の演奏時間(3分強)に合わせると、100に落ち着いた。変ホ長調の曲で、譜面にはフラットが目につく。半音下げの効果を活かし、女性のやるせない気持ちを表現している。伊東の60年代後半の曲は、「あの人の足音」(1967)、「恋のしずく」(1968)、「知らなかったの」(1969)など、雰囲気があり、お気に入りも多い。
小川知子の「銀色の雨」(1969)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にモデラートの指示があり、原曲の演奏時間(3:20前後)に合わせると、104に落ち着いた。曲頭の2小節における急下降する2連の4連続音×4反復は、16分音符で、違和感はなかったが、曲末フレーズの主旋律に付くオブリガートが急下降と急上昇をくり返す2組の32分音符の8連結符になっており、このテンポでは、ある程度の不自然さを拭えなかった。
黒沢明とロス・プリモスの「夜のブルース」(1970)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にモデラートの指示があり、当初は自動的にスコアメーカーの初期値84に設定されたが、原曲の演奏時間(3:15前後)に合わせると、上限値の108に落ち着いた。三船浩の同名曲(1961)とは、別曲である。曲の構成面では大きな問題もなく、1番歌詞しか記載のない譜面に、2番と3番歌詞を追加入力したが、これも特に問題はなかった。
いしだあゆみの「昨日のおんな」(1970)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にテンポの目安を示す音楽記号の記載はなく、原曲の演奏時間(3分前後)に合わせると、96に落ち着いた。ところが、実際には、2番歌唱の開閉反復記号で囲まれたメロディーがくり返されておらず、このままでは演奏時間が8小節分ほど短くなる。再度、調整を余儀なくされた。追加分を見込んで、原曲に合わせると、最終的には108になった。
水原弘の「風来坊仁義」(1971)では、『歌謡曲全集』の原譜の譜頭にテンポの目安を示す音楽記号の記載はなく、原曲の演奏時間(3分半弱)に合わせると、69に落ち着いた。紹介欄には第3回古賀賞受賞作品とある。水原(1935-78)には酒びたりのイメージがあり、実際、42歳の若さでアルコール依存による肝硬変で亡くなった歌手で、2番歌詞の「うずきかけてる 心の傷に/酒でふたする 酒でふたする 風来坊」はジンとくる。
電子楽譜ファイルの作成時に、パソコン内のビープ音が混じることがある。ユーザーに様々な情報を知らせる電子音で、外付けディスクの抜き差し時に鳴ったり、OSの更新時に鳴ったりする。これまで、数曲が、やり直しになっている。今回、また1曲にビープ音が確認された。たまらず、通知音の出ない設定にした。サウンドコントロールパネル→サウンド設定→「サウンドなし」を選択。最初から消しておけばよかった。
例によって、歌三昧のアップ曲で、視聴数の多いものを3曲ほど貼り付けた。