尊攘派や倒幕派が暗躍した幕末の京都で幕府側の治安維持部隊として活動した新選組。

 

局長の近藤勇を筆頭に、名立たるヒーローが勢ぞろいの剣客集団だった。

 

中でも「鬼の副長」と恐れられたのが土方歳三。

 

武蔵国石田村(現日野市)の農家に生まれ、剣術を究めて幕臣となった猛者で、明治新政府との戦いでは徹底抗戦を貫いた。

 

1868年、戊辰戦争の初戦となる鳥羽・伏見の戦いが勃発。

 

敗れた、旧幕府軍は江戸に逃れたが、近藤は新政府軍に処刑されてしまう。

 

土方は残った戦力をまとめて転戦しながら、会津を目指した。

 

途中、宇都宮城の戦いで右足を負傷。

 

会津若松で数カ月間の療養生活を送った。

 

滞在中、しばしば湯治に通ったのが東山温泉。

 

土方が浸かったとされる湯は諸説あり、そのうちの一つが「くつろぎ宿 新滝」が管理している川沿いの岩風呂。

 

怪我が治った土方は、仙台で榎本武揚が率いる旧幕府海軍の艦隊と合流し、蝦夷地に上陸。

 

旧幕府軍諸隊の指揮を執ったが、函館五稜郭の戦いで命を落とした。

 

新選組結成からわずか6年余り、享年34だった。