高層ビルが並ぶ名古屋駅東側から歩いて15分ほど。

 

古い蔵や住居などが残る四間道(しけみち)にたどり着くそうだ。

 

空襲で多くを失った名古屋の街で数少ない江戸時代の名残を体感できる地域。

 

四間道の歴史は約300年前にさかのぼる。

 

当時は名古屋城と熱田方面を結ぶ堀川が南北に走り、西岸を通る美濃路には商家が並んでいたようだ。

 

1700年の大火で多くが消滅した後、火災を避けるため道幅を四間(約7.2メートル)に広げたのが始まりとされる。

 

四間道周辺を含む那古野地域には、古くからの制約会社や商店街があるそうだ。

 

開発から取り残されていたかぜ、2000年ごろから地域活性化を目的とした団体が相次いで立ち上がり、行政や大学を交えて「四間道・那古野界隅まちづくり協議会」が2012年10月に発足。

 

あわせて観光誘客も動く。

 

そのひとつが江戸時代からある「伊藤家住宅」の一般公開。

 

まちづくり協議会は、江戸時代から今に至る日本の日常を次の世代へと伝えていきたい考えのようだ。