○ 聚楽第・織部の庵(翌朝)
久蔵が一人で蔦の世話をしている。
○ 同・能楽堂
秀吉が、舞っている。
その、何かを忘れたいような表情。
○ 同・一室
利休、織部が対座している。
利休「近く、戦が起こる」
織部「…」
利休「向かうは…もう言わずとも解ろう?」
織部「はい」
利休「そこでだ…俺は貴様を徳川家康公の茶頭として推挙しようと思う」
織部、儀礼的に頭を下げ
織部「はい。有難き幸せ」
利休「関東・小田原を攻めるとなると、必然浜松の地を後方に回すことになる。解るな?」
織部「…はい」
利休「この戦、無論我ら豊臣の勝ちとなる。(声を高め)だが次の軍議の席で、先鋒 誰が勤めるかによりこの天下…あるいは百年後戻りするやもしれぬ。その意味では大きな戦と言える。そこで貴様だが…」
織部「…それで?」
利休、懐から小瓶に入った薬を取り出し、
利休「家康、戦の間、何時、何処で、如何なる事しているか…逐次目を離すな!日に一度の報告を欠かさぬよう。使いの段はおって考える。(声を高め)そして何より大事は…万が一家康に造反の兆しあらば、これにて…解るな?」
織部「…ま、まさか…(語気を荒げ)承知しかねます」
利休、解っていたかの様に微笑し、
利休「また、何ぞ茶の湯の精神やらと始めるのではあるまいな?」
織部「…」
利休「無論、貴様の身の安全は考える。幸いにも貴様は武人だ。我ら身一つの者とは違い、家来数人を連れ立ってもおかしくはない。…そう言えば(笑う)まだ祝いの言葉も申しておらんかったな。…ん?山城国代官殿。この度のご出世、めでたくぞんじます」
利休、小馬鹿に頭を下げる。
織部、屈辱のあまり袴を握る手に力が入る。
利休「考えろ。無論貴様の将来はこの宗易が保証する」
織部「…わかりませぬ」
利休「…」
織部、語気を強め
織部「私にはわかりません」
利休「よいか。足利、織田、そして今は豊臣。…時代時代により時の為政者は変わってゆく。儂はこの目でそれらを見てきた。そして我らの道は、これら天下人の庇護なくしては生きては行けぬ。さもなくばどこぞの『田楽』『猿楽』などといった今日では名を思い出されもせぬ芸道と成り果てよう。しかし我らは違う。いざとならば豊臣見限り、徳川の手によって庇護を受けようともそれを受け入れ生きる」
利休、一呼吸を置き…
利休「そして我が茶の道は永遠に残る」
織部、暫く考えこみ、
織部「(弱々しく)…承知するにあたり…」
利休「?」
織部「…一つ、…一つだけ条件を申しあげたい」
利休「何だ?」
織部「吟殿を頂戴したい」
利休「(即座に)何を言う…。断る」
織部、平伏し、
織部「お願い申します」
利休「(声を高め)断る!」
織部「それではこの織部、このお話、只今きっぱりとお断り申す」
織部、立ち上がり、部屋を出てゆく。
利休「織部っ!」
○ 同・廊下
織部が去ってゆく。
利休の声「織部っ!」
○ 同・織部の庵
久蔵、庭の朝顔を手入れしている。
ふと見ると、利休が立っている。
久蔵、一礼。
久蔵「古田織部は戻っておりませぬが…」
久蔵、利休の表情に驚く。
利休、庵の庭を見入っている。
驚嘆に満ちた顔。
(続く)