自分との戦いなのだ。




だから、後になって、言い訳けするための


口実にはなりたくないのだ。




決戦は、11月12日 午後。




その戦いはネットでひょいひょいと


調べてみると、20代女性は前回


合格率1.65%だ。




おそろしく低い合格率だ。




それに、あなたは挑もうとしている。




10,000人受けて、200人も受からない。




そんな困難な山なのだ。




ひとつだけアドバイスするとしたら。




見えていたら、受かる。


見えていなければ、受からない。




見えるようになるまで、準備しよう、ということ。




そして、自分は、がまんしなければならないのだ。


納得して、がまんしている。


邪魔してはならないのだ。




今の私の状態。


時速8キロ、30分走り続けても、なんともなくなった。


(フルで5時間半)




走るフォームが定まり、呼吸も苦しくない、


著しく体調が悪くなければ、見えている状態なのだろう。


このままどこまでも走れる気がする。




今後、これを9キロまでスピードアップする予定だ。


(フルで5時間を切るくらい)




昨日、靴を見た。


どうやら、月間の走行距離は、100キロがビギナーで


150キロが、その上らしい。




こうして、遠くから応援している。




qool

10年前、28歳の頃を、ふと思い出してみた。



あの頃も、それなりに今を思えば、もがいていたし、

何かを懸命に探していた。



探すのを口実に、年に2回、夏と冬には必ず、

海外に飛んでいた。



いまのナカタさんもそうなのかもしれない。

もしかしたら、探したくなってしまう年頃なの

かもしれない。



自分、探し。



そして、ここ数年の私は、現時点で思うに

かなり守りに入っていたなと考えるわけです。



守ってばかりじゃ、守っているようで、守れなくて

逃げて行く。



28歳の自分が、10年後にとても素敵な人に

出会って、恋してしまうなんて思ってもみなかった。



そうです。

いつになっても、驚きはあり、発見はあり、

まったく新しいことに出合うこともあるのです。



学ぶことは続きます。



歩いていく先にゴールはないのです。



前へ行こうという姿勢を持っている人には

惹かれます。

それが、あなたでもあるのです。

少なくとも、私にはあなたは前へ行こうと

しているように見えます。



ぼくらは、現在を生き、ほんのすこしの前

未来、将来へ向かって一歩一歩進むのです。



だんだん、ささいなことにも感動できるように

なってきているのかもしれない。



生命というもの。

動物や鳥や魚や虫や・・・。



自然というもの。

海を山を川を森を空を・・・。



食べること。

それが何であるか気にしだす。



出会うことの大切さを。



いいねっ! 




君と出会って、嬉しい!


待ってる!!!

うーーーむ。



シンプルな表現には、すべてが詰まっているんだね。



qool

そうなんだ、これはSANTORINIだったのですね。

特に何の気なしに、アメブロのブログ画像から、
ひょいと選んだだけなのです。

最初にお会いしたときに、北海道やら、沖縄やらの
移住の話が出て、なんとなく、あなたのイメージと
地中海の島のイメージが合致したものでね。

まぁ、ねじまき鳥の加納クレタのクレタ島という
イメージも薄ぼんやりとベースにはあったのですが。

あなたと暮らすとしたら、制限がまったくなかったら
どこがいいかいな、と思って、
自分は文など書くのんびりとした生活はよいなぁと
漠然と考えたのです。

いやはや、どんな卒業制作だったのかは
知るよしもないのですが、
見事にイメージを読み取ってしまったのかも
しれませんね。

イタリアは何度か行っているけれど、島には
行ってないのです。

しかし、実際にこの島に行ったとしたら、
かなりぼったくられそうな雰囲気を醸し出しておりますな。

qool
そんなひと騒動があったとは、つゆしらず。
朝起きるとすいぶんと、夜遅くにメール。
そして、朝メールの返信をすると、
もういいのだと言う。

わたしゃ、勝手に消えませんよ。

そして、こちらは本気でして、好きなのであります。
まぁ、それを言っておかないとね。

ご安心くだされ。

ここにいますので。

qool

分からない、とあなたは言う。







私だって、分からないのだ。







自分のことすら、完璧に分からない。




中では、分かる、分かっているような気がすることはある。







それでも、すべてをつかんでいない。







とまどう。こともある。




不思議に思うこともある。







正確に理由を述べよ、と言われても答えに窮することもある。







分かっていること:




好きだという気持ち。




なるべく、一緒に時間を過ごしたいという思い。




一生は一回なので、なるべく悔いなく生きたいという考え。







分からないこと:




なぜ好きになってしまったのか。




なぜ抱きたくなってしまうのか。




この先どうなるのか。







同じ気持ちを持続することは、困難なのだろう。




それは、時間をかけて少しずつ変化する。




酒のように、熟成する。







時間がたつと何事も熟成してしまうのだ。




酒で言えば、酸素を吸って、水を吸って、




呼吸している。







思いもきっと熟成しているのだ。




食べて、空気を吸って、歩いて、眠って。




と日々を過ごすうちに。







分かろうとするのなら、




そのときは、話すしかない。




そして、ときおり、抱き合うしかない。







はなれたままでは、分からないのだ。







ただ、こうして、思いを綴ることは出来る。




それだけは、はなれていても出来ること。







qool

ちょっと、しばらく(1カ月)おあずけらしい。







そこで、ちょっと考えてみる。




想像してみる。







仮に、私と彼女が一緒に今住んでいたとしたら。







カリカリ、カリカリ、







隣の部屋で音がする。




時刻はすでに夜中の1時だ。




まだ、彼女は起きている。




私は、ムクリと起き上がる。







おう、まだ、勉強してるのかい?







そうそう。







明日も仕事あるよ。そろそろ、寝たら。







といって、同じ部屋でセックスしてしまうだろうか、と。







それは、分からない。




金曜の夜まで、とっておくのだろうか?







同じ部屋にいて、自分が元気なら、やはりしてしまうのだろう。




彼女がいやがっていなければの話だが。







qool

このブログの背景は、たぶんどこかの島だ。




海に囲まれた島。




外周5キロくらいの小さいな島。




けれど、この日本だって、海に囲まれた島なのだ。




イタリアとは違うのだ。

イタリアは陸につながっている長靴なので、


隣は、スイスであり、フランスであったりする。




山を越えると、別の国になる。






だいぶ先の将来を考える。




とは言っても、きっとぼやぼやっとしていたら、


すぐに10年なんて経ってしまうのだろう。




小島に住んで海を眺めながら、文を書いて


いるのだろうか?




一日に一番考えるのが、三度の食事を何に


するかというようなこと。




そして、夜は抱き合って眠る。




実にシンプルな暮らしだ。




どこか行くには、船に乗らなければならない


ようなところ。




想像すること。


イメージすること、から始める。




彼女に会う前に、1枚の写真の画像から


果てしなく彼女を想像した。




想像を遙かに超えていた。


自分の想像力が足りなかったのだ。




なので、打ちのめされてしまったのだ。




想像の範囲内だったとしたら、その先に


何も起こらなかったのかもしれない。




いやはや。




qool

炎の行方







身体の炎に火を着けてしまったのは、


きっと私なのだろうと推測する。







一度着いてしまった炎は、じょじょに


大きく燃えさかるか、あるいは、


時間をかけてゆっくりと沈静化するか


どちらかなのだろう。







火がどのくらい消えていたのかどうかは、


知ることはできない。







ただ、入口の扉の様子からは、


しばらく火は消えていたのかもしれない。







欲望の矛先は、私に向いているのかどうか?







ほかだったとしたら、なんだか残念でならない。







あれから10日経過しようとしているのだ。


もう、すでに。







果たして、二度目は、いつになるのか。







とにかく、準備が必要だ、きっと。







精神の集中と、体力の回復。







その機会が到来したとしたら、


やはりもっと燃えさかってもらいたいのだ。







それが、私の役割なのかどうかは、


あなただけが知っている。







qool

熱病なのだ、きっと。







身体の中の血が、いつもより激しく流れている。







血圧も上がっているのかもしれない。







ぴったりと繋がっていたい。







はげしく交わりたい。







どこまでも、果てまで昇りつめたい。







それを、熱病と呼ぶのだ。







qool

何でセックスをするのだろうか?







実に素朴な疑問だ。







人間も動物とするならば、オスとメスは




生物として交わるように、出来ている。




本能ということなのだろう。







ところが、不便なことに、人には、ココロがあり、




感情があり、恋する気持ちやら、愛する気持ち




なんかが作用してくるから、複雑でややこしい




ものになる。







純粋に求め合えば、すっきりとセックスに




没頭できるだろうに、なのだが。







ひとつになりたいと願うけれど、




決してひとつにはなれないから、




強く抱きしめる。







ふたりの間にさえぎるものをなくしたいから、




各々の身体を合わせる。こすりあわせる。







愛する人との深い交わりは、特別なものだ。







生きていることを実感する。







感動のあまり涙が出てくる。




(くらい、うれしいこと)







そして、私はそこでなぜか死を想う。







あなたがいまここに存在し、私もいまここに存在する。




けれども、それは、お互いにいつか消えてしまう。







身体で対話する。







身体が交わりながら。




深く交わりながら。




ゆっくりと、速く交わりながら。







上から、




下から、




そして、うしろから。







深く、深く。







そして、果てた後は。







いろんなことを会話する。




見つめ合う。







また、抱き合える瞬間まで、




じっとがまんしているのだ。







いますぐにでも、




再びすぐに抱きたくとも、




ひっそりとがまんするのだ。







qool