
富士山に登って来た。
「富士山に登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」と云われがあるが、
とりあえず「登らぬ馬鹿」は脱したかと思うが、今度は「二度登る馬鹿」になりそう(笑)
それだけ富士山は魅力に溢れた山だと思った。

富士山は溶岩石が多く、緑が少ない。
野生動物も植物も緑豊かな他の山に比べて少ないが、
その分、遮るものがなく見晴らしがよく空を飛んでいるような感覚にとらわれる。
地に足を着いたまま、空を飛んでいる感覚というのはこれまた不思議。
富士山を登っているとそんな超現実的な風景に出会える。
登頂は2日間に分けて行った。
挑んだコースは富士宮口。
標高2400mの新五合目までバスで移動し、30分ほど身体を外気に慣らしてから登頂開始。
山道に所狭しと並ぶ溶岩石は軽く中がスカスカ。体重を乗せると足がズルッと奥にずれ込む。
その為、体重のかけ方が難しい。あまり体重をかけ過ぎると滑るためサクサクと足を交互に出して
登るほうが楽。
そして、固めの岩場に足を乗せて移動するほうが良い。
登山杖は足場を確認する意味でも非常に役立つ。体重を分散させるのにも効果大。
スキーストック2本で登る方法が体重移動も楽で最も効率的かもしれない。
前半は斜面もさほど急斜ではないし、空気も薄くないので比較的登りやすい。
1時間半ほどで新7合目に到着。
到着する頃には日も水平線に近づき、遠くに夜景が広がる。この風景もまた幻想的。

新7合目、ここで宿に入る。
本当はもっと上を目指したかったが、お盆期間中、予約いっぱいの為、ここになる。
深夜12時に再び登頂開始するため、富士山名物カレーを食し、夜7時には睡眠に入る。
がしかし、眠れない。
1-2時間寝たところで目が覚めてしまう。
そりゃあそうだ、普段7時に寝ることは先ず無い。
外では宿無し組が次々と登ってくる。
深夜が近づくに連れて徐々に騒がしくなってくる。

結局、12時まで眠りにつくことが出来ずそのまま登頂開始。
夜空には天の川が広がり、山の麓には夜景が広がる。宇宙空間にいるみたい。
超現実的な風景の中で登る。
テンションは上がるが、空気が薄い為、息も上がる。
1-2分登っただけで、直ぐにハアハアと息が切れる。
足場の岩も大きくなり、傾斜も急勾配になるにつれてスピードが落ちてくる。
酸素ボンベを持たずに登ったので、休憩を多めに挟みながら登る。少しながら頭痛も覚える。
登頂から3時間ほど、9合目を過ぎた辺りで日の出が近づき、天上と下界が明るくなる。
本来ならば頂上まであと1時間を切っているが、山道は大渋滞。一歩も進まない、、、。
お盆休み中の登山客数は半端ない。行列のできるお店に並ぶ感覚。1分間で10歩も進まない。
おそらく頂上は人で埋め尽くされてキャパシティを超えているのだろうと推測。
泣く泣く頂上を目の前にして、御来光を山腹で見ることに。
ただ、丁度休憩できるエリアになっており、かろうじて御来光が見えた。

3600m付近だったと思うが、日本一高い場所から見る日の出は目にも心にも沁みた。
苦労すればその分、得るものも大きい。
富士山にエスカレーターが出来て誰もが登れるようになったら、
見る御来光は価値の少ないものになってしまうだろう。
御来光が終わると人の波が動き出す。
この後、頂上までは割りとスムーズに行けた。
頂上ではお鉢巡りは行わなかったが、火口を眺めて、浅間大社奥宮でこれからの人生に祈願。
山道が良く人生に例えられるのも頷ける。
「人の一生は負荷を負うて、遠き道を行くが如し、急ぐべからず」
徳川家康『遺訓』一部抜粋
※山道を指している訳ではないけど、、、。
長い道のりこそ、挑戦のしがいがある。
長いからこそゆっくりと歩む必要がある。
オレの人生、挑戦はまだまだこれから。富士山で例えれば五合目と六合目の間ぐらいであろう。

実は山登りで大変なのは下りだったりする。重圧が関節にくるから。
下りで足首などを痛める人も多い。下りもまた道のり。
富士山登頂は一度は経験するべきである。
「富士山に登らぬ馬鹿」と言われるのも分かる気がした。
おしまい