平安時代、「夕」は男の訪れを待つ時間。
その一方で「朝」は、
男との別れを意味するので好ましくない時間でした。
太陽が沈み、空が茜色から漆黒へと移り変わる「夕暮れ」は
待たれると共に恋の物思いの時でした。
また一方で、昼の日が黄昏ていく夕暮れは
「逢魔が時」とも呼ばれました。
大禍時=禍の起こる時刻として、
夕方の薄暗い時を疎んじ、
恐れる心地も強かったようです![]()
「古今和歌集」に
「夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて」
とあるように、
夕暮れは数多く歌に詠まれている![]()
「お手蹟」が表す貴族の血筋と教養
文のやりとりが恋愛の第一歩であった平安時代時は、
筆跡の美しさ、見事さが
恋の成就の決め手となることもしばしばありました。
六条御息所の筆跡の美しさを、
源氏は「葵」の帖で「お手蹟は、
さすがに大勢の女君の中でも、
とりわけ優れている」と感嘆しています。
ここで源氏が感心しているのは、
女手と呼ばれた仮名書きのことです。
「梅枝」の帖でも、御息所の想いでを回想して、
その美しさを「何気なくさらさらと
走り書きされた1行ほどのさり気ない手紙も、
類まれなお手蹟と感心しました」と、
紫の上に話しています。
大臣の娘で、前東宮妃だった御息所の高貴な血筋や教養、
趣味が、仮名書きの手紙に現れているようです![]()
日本のお墓のスタンダードは5階建て![]()
平安の頃から、供養塔や墓標として用いられた五輪塔は、
密教でいうところの五大を表したもの。
下から順に方形の地輪、球形の水輪、
宝形造の火輪、半球形の風輪、
宝珠形の空輪を積み上げて5つの元素をかたどっています。
それぞれには、各元素を表す梵字が刻まれることも多く、
中には仏像が浮き彫りにされたものも。
石造のものがほとんどですが、
木製や銅製、水晶や土でできたものもあり、
鎌倉時代以降は宗派を超えて
我が国の石塔の主流となっていきました![]()
