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人を乗せるために用いられることの多かった馬に対し、
牛は古来、もっぱら農耕や運搬用に用いられ、
平安時代は牛車を牽くのに活躍します。
貴人の車をひっぱる以上、品格も重要ということで、
牛の鑑定法を記した「牛文」もあり、
毛並みでは飴色をした黄牛、
角は根本の白いものが角白と呼ばれ珍重されました。
もちろん、乳を搾る目的で飼われることも多く、
搾った乳は食用や薬用になった他、
蘇や酪といった乳製品も貴族達に好まれたようです。
一方で牛は仏教説話にもしばしば表れ、とりわけ、
怠け者や横着者が牛に変身したり、生まれ変わったりする話が多く、
当時は無為で愚鈍、のろまなイメージの動物でもあったようです![]()
牛の中でも優れた牛は駿牛と呼ばれ、
讃えられていた。
牛車に用いられた名牛や天皇が愛した駿牛、
また牛車を操ることに優れた牛飼童を
記録した「駿牛図」が残されている![]()
武官の特権「緌」越しの涼やかな瞳
武官が束帯を着用する際、冠に着けた付属品が「緌」です。
これは、針金の輪に黒い馬の尾の毛を放射状に編みつけたもので、
輪の部分に通した緒を冠の巾子と簪にからめ、顎の下で結びました。
もとは、年を取って髻の小さくなった官人が、
冠の落ちないようにつけた「老懸」が、
動きの激しい武官に広く用いられ、
次第に装飾の度合いを強めたと考えられます。
尾の毛を薄く精巧に編みつけたものは、
その毛先が優雅に揺れ動くことから「小ゆるぎ」と珍重されましたが、
時代とともに毛の量を増やして厚く仕立てるのが流行となり、
とりわけ検非違使は厚い緌を用いるのをよしとしたようです![]()
徹夜遊びは命取り?王朝人は夜型パターン
平安の半ばまで、官人は早朝に出仕し、
日暮れまで勤務するのが一般的なパターンでした。
朝廷のいわれも、そもそも朝早く政の為の評議が行われていたからで、
大臣以下がつらなる議場も朝堂院と呼ばれました。
そんな早寝早起きの健康的な習慣が崩れ出したのは、
やはり摂関政治全盛期から。
少数の公卿だけで内々に行う仗議の場合、
早朝に開く必要がなく、出勤時間もどんどん遅くなっていったようです。
当然、仕事が終わるのは深夜になり、
夜型の生活のせいで昼間はボーッとする「朝寝、昼まどい」の習慣は、
貴族社会全般に広まっていきました![]()
藤原道長の姉で、
冷泉帝の女御だった超子は、
庚申待の徹夜明けに、
脇息にもたれたまま眠るように永眠していた。
当時は、政争に敗れた藤原元方の祟りと噂されたという![]()
パイン入りの酢豚はあり?なし?
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