人目に姿をさらさない高貴な女性達は、
常に御簾の向こう側の存在でした。
こうした慣習は、絵画表現にも巧みに取り入れられ、
御簾ごしに室内を見せる技法は多くの大和絵に用いられています。
中でも江戸前期の画家、土佐光起が描いた「源氏物語図屏風」では、
画面全体を緑色の細い横線でうめつくしたうえ、
屏風の表装と同じ亀甲桔梗紋の裂を絵の中にも貼り付けることで、
まるで本物の御簾を覗き込むような視線で楽しむことが出来ます![]()
若君が女装して姫君に!性を取り換えた王朝物語
男なのに、まるで女のような美しさ…。
当時は画性的な雰囲気を持った男性が魅力的に映ったようで、
光源氏も「女にしたいほど美しい」などど描写されています。
「とりかへばや物語」には、
優雅でなまめかしい女性的な兄と、利発で男性的な妹が登場。
兄は「姫君」、妹は「若君」と呼ばれ、
父親はそれぞれ女装、男装させて育てます。
兄は後宮女官の尚侍になり、妹は元服式を行い、
宮中に仕え、やがて右大臣家の婿に。
数奇な兄妹の運命が描かれた物語です![]()
兄は尚侍、妹は右大臣家の婿になるものの、
やがてお互いの身を嘆くように。
しかし天狗の祟りがとけて、ふたりは本来の男らしさ、
女らしさを取り戻し、装束を交換。
兄は昇進、妹は中宮として入内し、
ハッピーエンドとなる![]()
「鶴」は平安以降は慶賀の鳥として尊重
鶴は「万葉集」では「たづ」「あしたづ」と詠まれ
「鳴く」が「泣く」に通じ、恋歌に詠まれました。
平安時代になると、「千歳の鳥」として尊ぶ
中国の思想に基づき慶賀の意味が強くなりました。
「枕草子」に「鶴は大変仰々しい様子であるけれども、
鳴く声が、天までも届く、そても結構な鳥だ」と褒め称えています。
新年など慶事の祝宴に立てる賀屏風には鶴の絵が用いられることが多く、
朝名護を鶴の子に例えたり、夜の鶴は母子愛の象徴ともされるなど、
大変に愛される鳥になります。
藤原頼長の日記「台記」には、羽を切って飛べなくした鶴を
自邸の庭に飼っていた貴族の話も記されています。
ちなみに鶴の寿命は、実際には20~30年と言われています![]()
