内裏の中などを除いて、

貴族達は徒歩で移動することは稀でした。

最も一般的な移動手段は牛車でしたが、

時には馬に跨ることも。

牛車より手軽、お付きの人数も最小限で済んだことから、

人目を忍んだり、急用の場合はとりわけ利用されたようです。

さしずめ牛車がリムジンなら、

馬はセダンやスポーツカーというところでしょうか。

贈り物としての価値も高く、

大江山の鬼退治で夢いな源頼光が、

摂政、藤原兼家邸の新築祝いに馬30頭を提供した時は、

都中の大きな話題となりましたおすましペガサス

 

5月15日、京都の葵祭で馬に乗る女性。

葵祭では華やかな斎院の行列が賀茂社に参詣する。

その折、おつきの女性達はみな騎乗する習わしだったオーナメント

 

 

 

 

甘口から辛口まで 平安の酒はバリエーション豊富

古来、お酒と言えば祭礼に供えられる神聖なものでしたが、

平安時代にもなると楽しむためのものとなり、

自然と種類も増えていきました。

宮中には造酒司と呼ばれる部門があり、

そこで節会や神事の酒を醸造していました。

醸造された酒の種類は十数種にものぼり、

甘口、辛口の清酒、濁り酒、水割りで飲む酒、

更には甘酒に似た酒まで造られてました日本酒

 

嵐山の松尾大社は京都市内では、

平安京を鎮護する最古の神社として知られる。

現在では酒造の髪としての信仰が厚く、

11月に酒造りの無事を祈願する祭が行われる神社

 

 

 

 

炎に焼かれ、海中に没し、神器が辿った数奇な運命

八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉といえば、皇位継承のシンボルとして、

神話時代から現在まで代々の天皇家に受け継がれてきた「三種の神器」。

ところが、門外不出のはずのこの宝物が、

歴史上度々危うい目に遭っているのです。

例えば、宮中温明殿に安置された神鏡は幾度かの火災に遭って破損し、

宝剣はといえば壇ノ浦の合戦で平家の報じた幼帝の安徳天皇と共に

海中に没したまま、別の剣に代えられたとか。

勾玉に至っては、元々存在しなかったという説もある程です。

謎に包まれた三種の神器。

あまり探求しない方が、夢があると言えるかもしれませんハートのバルーン

 

壇ノ浦の合戦。

お気からイルカが平家の兵に向かってくる。

ここで平家の士気が衰え、平家一門と幼い安徳帝、

三種の神器を載せた船は海中に沈んだ。

神鏡と勾玉は発見されたものの、

宝剣は遂に見つからなかったというイルカ