更衣のお部屋は「桐壺」と呼ばれていました。
帝はこの遠い「桐壺」へわざわざ自分から、
ひっきりなしに出かけていきます。
同じ妃でありながら。他の女御、更衣は
部屋の前を素通りされるだけ。
これでは、やきもちも焼かず、
心穏やかにゆったりと過ごせ、
という方が無理というものでしょう。
やはりその腹いせか、
更衣が帝に呼び寄せられることが度重なると、
誰かがわざと打橋や渡殿といった通り道のあちこちに
トイレの汚物を撒き散らしたりしました。
そのため、送り迎えの女房達の着物裾が酷い臭いと汚れにまみれ、
目もあてられない状態になってしまうこともありました。
ある時には、帝の元へ行くのに
どうしても通らねばならない馬道という廊下の両側の戸を、
あちらとこちらで示し合わせて閉めてしまうものですから、
更衣とそのお供は閉じ込められてしまい、
暗闇の中、進むことも戻ることもできなくなってしまいました。
このようなこともしばしばありました。
こんなつらいことが数え切れぬほど重なるものですから、
更衣はひどく悩み患いながらも、
それでもじっと耐え忍んでいます。
その姿を帝はますます不憫で愛しく思うのです。
そして、後涼殿で以前から仕えていた更衣を他へ移してしまい、
その空いた部屋を、自分のところへ来る時の控えの間として
桐壺更衣に直々に与えます。
でも、部屋を追い出された局の気持ちはどうでしょう?
はらわたが煮えくり返るような思いは、
結局、桐壺更衣に向けられるのです。
若宮が3歳になった年、
御袴着の儀式がありました。
一の皇子がお召しになったものにも劣らぬようにと、
帝は宮中の宝物を管理する役所に働きかけ、
公の品々のありたけを用いて、
盛大に執り行いました。
そうした帝の気遣いも、
寧ろ「なぜ更衣ごときの皇子にそこまでするのか」と、
世間からは非難ごうごう。
火に油を注ぐ結果になります。
でも、この若宮の成長していくにつれ、
ますます美しく整っていく顔かたちや、
また幼くして色々なことをわきまえている
非常に優れたご気性に触れると、
誰もが魅せられてしまい、
憎らしいなどとはとても思えなくなってしまうから不思議です。
また、世の中のことを広く知る人ですら
「このようなお方もこの世においでになるものなのか!」と、
まるで一つの奇跡を見るような心地で、
ため息をついて感心されたのでした。
