儀式や接待など宴遊の場合は、野菜などの精進なら精進ばかりの膳、
魚鳥の場合はそればかりの膳というように膳ごとに違う料理を配した。
そしてそれぞれ食器にたっぷり盛られたが、
その時食べきってしまうのではなく、持ち帰ることになっていた![]()
乳製品を好んだ王朝の人々
牛や羊の乳は、古代の人々にとって当初は滋養強壮の薬として重用されたもの。
次第に酪、そ、醍醐など乳製品として加工されるにつれ、食糧として好まれ、
宮中や大臣家で行われた盛大な宴席になくてはならない品となった。
牛と羊の乳を温めて酪とし、それを煮詰めたものをそ、
そを更に精製して作られる品を醍醐と呼んだようで、
醍醐はさしずめ今日のバターオイルのようなものであろう。
最高の美味を指す「醍醐味」という言葉はここから生まれた![]()
庶民は3度の食事 意外に豊かだった?
清少納言は「枕草子」の中で、大工が昼ご飯を健康的に食べる様子を記している。
朝夕2度の貴族の食事に対し、
庶民が3度の食事をとっていたことを示すものである。
また平安京の東西の市には、様々な食品が並び、
食料品店もできていたことが他の資料からわかる。
殺生禁断の仏教の思想も庶民にはまだゆきわたらず、
獣肉も食し、自由な食生活をしていたらしい。
京の貴族に比べ、
地方の貴族や自給自足のできる土着の豪族も豊かな食事をしていた![]()
