鎮守の森といえど里山は、常に手をかけ続ける必要があります。

 

神宮式年遷宮での研修で何度も御神木の里や神宮にて山の管理のお話しをお聞きしました。

山の木々でさえ管理していかなければダメになってしまいます。

里山であれば尚更。

先人たちは『切れば植える』を繰り返して、自然の恩恵に感謝すると共に後の世の人々のために手をかけてきました。

 

植樹や森の管理は、50年先、100年先を見越して行う必要があります。

 

植えた木々が成木になったとき、高さ、幅、根がどこにはっていくか。

 

神社の森は長きにわたり作られます。

 

>山の木々でさえ管理していかなければダメになってしまいます。

>里山であれば尚更。

 

>植樹や森の管理は、50年先、100年先を見越して行う必要があります。

 

>神社の森は長きにわたり作られます。

 

 

少し前に話題になった神宮外苑再開発に伴う樹木伐採も同様ですね。

 

 

伐採に反対する人たちは、今さえ良ければいいと考えているんでしょう。けれど、植生や自然環境は50年100年先を見越して考えていかなければいけないものです。

目先の利益に固執して将来につけを回すことはやめてほしい