一般人にはややこしくてわからない。

 

立憲民主党がどうしようもないというのは分かっている。でも松原仁さんは素晴らしい。自民党も見習えと言いたいほどに働いてくれてる。新しい選挙区で党の公認を得られないということで離党され、今後の選挙活動は厳しくなるかもしれないそうだが、立民嫌いとしては嬉しいニュースだ。

立民の野田元首相も心ある政治家だと思う。安倍さんと討論して衆議院解散を宣言されたのは、もしかしたら野田さんは国を思って民主党政権を終わらせようとしたのではないか、と推測されてる方もいて、そうかもなと思った。安倍さんが斃れられた地で手を合わせる姿、追悼演説にお人柄を感じる。

 

山口県は選挙区が減って安倍さんの区と林さんの区が合併するような形になり、林さんが公認、安倍さんの志を継いだ吉田真次さんは補選で通ったばかりなのに無所属となられるようだ。吉田さんには是非、林さんを打ち負かしてほしい。

山口県は林王国となってしまいそうだが、明治維新、日本の近代化を引っ張ってきたはずの長州が中国の手先のような人の好きにされるなんて、暗澹たる気持ちになる。

 

自民党の議員も大分、中国の息がかかっているとか、アメリカの左翼に取り込まれてるとか聞くけれど、まだ心ある保守はいると思っていた。岸田さんもおとなしいイメージが、防衛費増額やウクライナ電撃訪問、G7サミットなどがんばってくれると思っていた。しかし吉田さんを放り出す、奈良県知事選で平木省さんの邪魔をする、最近では多数意見を黙殺してLGBT法案を通そうと暴走、なんだか共産主義の独裁国みたいだ。LGBT法案に反対する気骨ある本物の政治家は絶滅危惧種になってしまった。でも絶滅させてはいけない。一般人としては、そういう人を応援し、そうでない人も分かってもらえるよう丁寧に意見を伝えていくしかない。

2011年 日本

 

大分前に1作目を見て2作目は間が空いたのかと思ったら、公開は3か月差だった。1作目はおもしろかった気がするが、本作の印象からするとアニメと混同してるかもしれない。

アクションはやたら派手に見せているが、芯が無いというか、なぜそういう動きになるのか、一連の振り付けをちゃんと組み立てていないように感じる。長い死闘はただ派手な動きで時間つぶしをしているようで、「うああああ!」とか叫んでる暇があったら止めを刺せ、と言いたくなる。冷めた目で見るせいかCGも安い感じだ。

魅力ある俳優たちが出演しているが、彼らの力をちゃんと使えているか、特に山田孝之さんは無駄だと思った。真っ黒でピッタリしたガンツスーツは体型をあらわにしてしまう。皆、体を絞って着こなしていたが、二宮和也さんはヒョロヒョロの子供にしか見えず、マーベル・ヒーローなどを見慣れた目には辛かった。本郷奏多さんは2次元キャラの3次元化に欠かせない俳優だ。意地悪な西君も星人も見事だった。

長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い

福田ますみ著

 

福田ますみさんの本は「ポリコレの正体」「暗殺国家ロシア」「でっちあげ」と読んできた。どれも怖いが、とても啓発的で知的好奇心を刺激される楽しさもあった。本作も怖くて啓発的だが、16歳で自ら命を絶ってしまった男の子、高山裕太君の人生を想像して心が痛くなった。

 

裕太君の母、高山さおりは、一般の人と同じように自由や権利を保障してはまずい人物だと思う。さおりに関わる人々は関係が深いほど大きな害を被り、実の母親や兄さえ彼女を恐れている。何が彼女の気に障り報復をされるか分からない。

もう裕太君の考えを聞くことはできないが、母親を恐れ嫌う一方で、甘えたい、離れられない、という気持ちもあったのではないかという解説が切ない。

裕太君を保護できなかったのか、さおりを何とかできなかったのか、と問う声もあるようだが、自由や人権が最大限保障されている日本では中々難しいと思う。

 

「でっちあげ」とは違い、善とされた母親は早くから凶暴さを見せていた。悪とされた学校、バレーボール部、関係者たちは信念と勇気をもって闘った。市井の人々の高潔さに気持ちが洗われる。だが母親に加担する人々の醜悪さには胸糞悪くなる。

「週刊金曜日」に記事を書いた鎌田慧の一方的な見方。福田さんの取材申し込みは無視。

学校に「裕太君が自殺未遂をした」と電話を入れた毎日新聞記者。福田さんの問いに、自分の良心が云々と言い訳。さおりと連絡を取り合い何か知っていた可能性がある?

弁護士、高見澤昭治の言葉の空疎さ。自分の良心が許さない、基本的人権と社会正義の実現のために活動するとか。懲戒処分(戒告)を受けたが、弁護士活動そのものへの懲戒処分は異例のことだそうだ。弁護士仲間には高見澤を応援する者もいたようだから腐っている。弁護士を辞めるとか言っていたのに、80代の現在も続けているらしい。

 

高見澤もさおりも判決は無視している。謝罪広告も出さないし賠償金も支払わない。学校側の全面勝訴はめでたいが、何とも気持ち悪い結末だ。

1987年 アメリカ

ジョー・ダンテ監督 スピルバーグ製作総指揮

 

「ミクロの決死圏」をコメディにしてサスペンスとかアクションを足したような作品。一つのネタを懇切丁寧に説明しきってしまうような、アメリカ映画にありがちな冗長さがある。アメリカの観客はバカなのか、製作側が客はバカだと思ってるのか。

登場人物が「南無妙法蓮華経」と言う場面があって、吹替が悪乗りしたのかと思ったら原語でも言ってるらしい。監督の兄や主演のデニス・クエイドの兄も創価学会の信者だそうだ。

ジョー・ダンテ、スピルバーグ、デニス・クエイド、メグ・ライアンという有名どころが関わった気軽に楽しめる映画だとは思うが、タイトルも平凡で見たことを忘れてしまいそうだ。

2013年 イギリス

 

「病理医クワーク」でも描かれていた、カトリック教会による訳アリの子供を裕福な家庭に売るという事業。血のつながった母子が引き離されるという悲劇、恵まれた環境で育つ幸せ、宗教団体の経営など、複雑な要素が絡み合って何とも言えない。ただ肉体の快楽は悪だ、と若い女性たちを断罪し重労働を強いて、成長した子供にも会わせない、自らも厳しく戒める、というのは本当に神の御声に耳を傾けているのだろうか、と思う。またフィロミナの息子アンソニーはゲイであることを隠してエイズで亡くなったが、キリスト教の厳しさは同性愛者も苦しめた。この反動で現在の行き過ぎたLGBT活動が起こってしまったのだなあと思う。それに引き換え、日本では同性愛などは宗教的禁忌ではなく、おおらかなものだった。倭建命が女装して熊襲討伐を行う神話があるほど大昔から曖昧なものを受け入れてきた。殊更、性的少数者を差別してはいけません、と言う必要はない。

 

ジュディ・デンチが素晴らしい。エリザベス1世、007シリーズのMなどを演じた人が、こういう庶民のおばちゃんも演じてすごく説得力がある。エリート記者のマーティンに飴ちゃん的なものを上げたり、ロマンス小説のあらすじを滔々と話したり、レストランの料理人に友達のように話しかける。自虐の感情を植え付け、数十年ぶりの母子の再会を邪魔したシスターを、大いなる慈悲心で許す高い精神性が、この最低限の教育しか受けられなかっただろうおばちゃんに宿っている。

 

マーティンを演じたスティーブ・クーガンが脚本、製作にも名を連ねている。「ホット・ファズ‐俺たちスーパーポリスメン!‐」「ナイト・ミュージアム」シリーズにも出ている。イギリスにはこういう多彩な人が沢山いておもしろい。