習近平が最も嫌う男、反ジェノサイドのリーダー、ドルクン・エイサさん。彼が書いた本の邦訳出版記念の講演会があった。

著者 ドルクン・エイサさん

通訳 日本ウイグル協会 会長 アフメット・レテプさん

出版社 社長 花田凱紀さん

監訳 有本香さん

 

中共はドルクンさんをテロリスト扱いするが、彼は言論の人だ。彼のウイグル語をアフメットさんが通訳するまで何を言っているか、はっきりは分からない。しかし非常に重要な、是非とも私たちが知らなければならないことを訴えているというのが分かる。

アフメットさんはきれいな日本語を話す。肝を抑えた通訳をされていると想像する。

花田さんは黒子に徹しておられた。情に篤い涙もろい方で、本書のまえがきで既に涙が出たとのこと。

有本さんもまた言論の人。どこにも与しない独立したジャーナリスト。ウイグル問題に10年以上取り組み、政治家たちにも働きかけてきた。YouTubeやニコ生などSNSを駆使してきて弁舌が巧みだ。

 

終わり頃、翻訳を担当された三浦朝子さんと旦那様も一言挨拶された。

朝子さんは話すより書く人らしく、要点を的確に抑えたメモをお読みになった。

旦那様はウイグル問題に長く取り組まれてきたようだ。弱者の味方というポーズだけの政治家、利益最優先の財界人、安さの理由を考えず物を買ってしまう人たちに、苛立ちを感じてきたのだろう。ぱっと見、普通のおじさんでも非常に訴えかけてくるスピーチだった。

 

登壇された方は皆、これを多くの人々に伝え、皆の力で変えていかなければ道義にもとるという思いなのだろう。自分を売り込むのに利用しようとか、儲けてやろうとか、邪心がないので言葉が生き生きしている。強い。心にドンと響く。言葉を尽くす人、手短に話す人、用意してきたメモを読む人、外国語の人、関係ない。役人が書いた言葉の意味も考えず読み上げるだけの政治家の情けないこと。

 

なお、本書の英語タイトルは The China Freedom Trap という。この英語版書籍を装ったAndroid向けスパイウェアが見つかっているそうだ。武力攻撃だけが戦争ではない。

2022年 アメリカ

原作は伊坂幸太郎「マリアビートル」

 

残酷描写とコメディが共存し、饒舌なキャラクターたちの無意味そうな日常会話やモノローグ、小道具が後で効いてくる。登場人物の相関図が網目のように張り巡らされている。タランティーノを思わせる作風から監督は関係者かと思った。「ジョン・ウィック」や「デッドプール2」を監督した人だ。タランティーノが映画界に与えた衝撃が分かる。ブラッド・ピットやジャン=クロード・ヴァン・ダムのスタントを務めていたそうで本作のアクションは見ごたえある。

 

東京発・京都行の高速列車が舞台だが、停車駅は地下鉄のように雑多だし、高層ビルの間を新幹線ではあり得ない急カーブで走り抜ける。列車内には大きな着ぐるみのゆるキャラが乗り込み、一晩かけて京都に向かう。アメリカ人監督が憧れる日本像の奇妙さが面白い。

日本人キャラクター複数に対して、日本人俳優は真田広之、マシ・オカ、ちょい役の大親分くらい。アメリカでホワイトウォッシングとの非難が起きたそうだが、ブラッド・ピット主演のアクション・コメディと聞けば興味を持つし、皆、楽しそうに演じているのが良い。変なイデオロギーを持ち込むのは無粋だ。

 

白い死神役のマイケル・シャノン。どこかで見たと思ったら「テイク・シェルター」で悪夢に悩まされる父親を演じた人だ。「マン・オブ・スティール」でゾッド将軍も演じていた。ブラッド・ピットのような華やかさは無くても引き込まれる演技をする。真田広之はさすがの貫禄と見事な殺陣。アクションが美しい。

アヴちゃん、奥田民生、カルメン・マキ、麻倉未稀などサントラも中々面白い。

2022年

 

子供のころアニメの絵は全般的に気持ち悪くて嫌いだった。ガンダムも食わず嫌いだったのが、大人になって面白いと聞いて見たら中々深い作品だった。しかしそれも遥か昔で、ちょっと毛色の違う挿話があったな位の記憶で本作を鑑賞。偽善的な結末にびっくりした。

 

ガンダムシリーズは、カッコいいロボットや勇士が続々と出てくる一方、戦争の惨さを描いた作品だ。本作は脱走兵、戦災孤児、戦争犯罪、敵と味方、軍隊という組織など、幾らでも掘り下げられる要素を沢山持っているエピソード、ファースト・ガンダム第15話のリメイクだ。しかし出来は眠気を感じる薄い内容。戦いの場面はスピード感あり、おもしろかった。絵は劇場版アニメにしては荒いと思った。

 

すっかり忘れていた結末。アムロが、ドアンに染み付いた戦争の匂いが戦いを引き寄せるのだとして、ガンダムを操縦してドアン専用ザクを海に投げ捨てる。NATOや西側の大国のいい加減な言葉を信じて軍備を解いていったウクライナを連想させる。軍備が全く無くなった島でドアンと子供たちは今後どうなることか。アムロ自身はガンダムを捨てないし戦い続ける。それはいいのか。敵のサザンクロス隊の兵士をガンダムで踏み潰す時、アムロはすごく嫌そうな顔をしていた。敵でも人を殺すということに躊躇したという描写なのだろうが、偽善的な結末を見た後ではゴキブリを踏み潰す時の嫌さに見えてしまう。

 

安彦良和さんのWikiを見ると学生運動のリーダー的存在だったそうだ。エンタメ・クリエイター系の人は素晴らしい作品を作りながら、思想的にはお花畑という人も多い。戦後すぐに生まれた人は世の流れとして左翼思想に染まり、学生運動が青春の良き思い出となってしまうと聞いたことがある。

門田隆将 著

 

経産省のトランスジェンダー「女性」職員が職場の女子トイレの使用制限について国を訴えた。地裁で認められ、高裁では逆転、最高裁でまた「女性」の言い分が認められるという狂った裁判劇が演じられた。

2003年に出版され、2013年に新装版が出された。日本の司法に携わる人間がいかにおかしいか、そのような裁判官を育ててしまう制度に警鐘を鳴らしてきたにも関わらず、AIにでもやらせた方がマシなのではないかという判決が出てしまった。

 

本書にゾロゾロと出てくる理不尽な事件はどれも読んでいて精神衛生に良くない。連続殺人鬼を無罪放免にする裁判官、クラスメートを集団暴行死させた少年たちの人権を守り被害者を蔑ろにする裁判官、表現の自由や取材源の秘匿について全く無知な裁判官、ムカムカ、イライラのし通しだ。

子供のころからお勉強ばかり、教えられたことを疑うことなく素直に飲み込み、試験を通過してきた。社会で揉まれることなくエリート意識だけは高く、教育制度がまたそのエリート意識を肥大化させ権力側が操りやすい人間にしてしまう。社会通念といかにかけ離れようと法律の一字一句に拘り、その法律が何のためにあるのか微塵も考えない。知識だけはあってもバカだ。

 

アメリカではトランプ前大統領の人気がすごく、民主党は政権を失って糾弾されることを恐れるあまり、些細な間違いを針小棒大に、あるいは嘘の罪をでっちあげ、トランプ氏の選挙活動を妨害する。司法を武器化している。対岸の火事ではない。衆議院選挙と同時に行われる裁判官国民審査について、これまでほとんど関心がなく適当に投票していたが、大きな間違いだった。最高裁の裁判官に出世するような人間は大方、知識だけのバカと見て良いのかもしれない。

2013年 アメリカ

 

ディーン・クーンツ作「オッド・トーマス」シリーズ第1作の映画化作品。

 

2016年に27歳という若さで亡くなったアントン・イェルチンが主人公オッドを演じている。この世ならざるものが見える特殊能力の持ち主だ。同じ能力を持つ母は子供のころに施設に入れられてしまった。彼は能力を隠している。顔見知りの多い田舎町は単なる変人として彼を受け入れているようだ。

ウィレム・デフォー演じるポーター署長は、オッドの霊感の一端を知っており、何かと助けてくれる。オッドを息子のように思い、奥さんとの時間を度々邪魔されながらも駆けつける。こんな善人役は珍しい。

オッドの運命の人ストーミー・ルウェリン。本名はブロンナンといい、古風な響きを嫌がってストーミーと呼ばれることを好んでいる。彼女は見える人ではないがオッドを理解しているのはその古風なウェールズの血のせいだろうか。映画には描かれていなかったが原作あらすじを見ると非常に辛い人生を歩んできたようだ。映画の終わりの方でオッドが彼女の言葉として「人生は新兵訓練所のようなもの」「次のステージに備えている」というようなことを言う。その言葉を支えに辛さを乗り越えていくと決意する。重い言葉だ。

 

物語は何となく間の抜けた田舎町の風情の中でホラー的な要素とコメディ的な要素が混ざりながら進んでいく。ボダックという悪の存在が見えるのに、奴らに見えることが分かると殺されるというので見えない振りをしなければならない。この設定は中々気を揉ませる。クライマックスで一気に畳みかけ、手に汗握る展開、一呼吸おいて最後は、何という作品を見せてもらったことかと深い思いに沈む。

オッドが通常見る死者は無言。オッドとストーミーは度々キスをしてお互い結婚相手と思っているが、デートの終わりには必ず彼女を家まで送っていく。この辺がまた絶妙な設定だった。