皆さま
神社が今のように常設の神殿を持つようになったのは神道の歴史の中では比較的新しく、7世紀後半、天武天皇の時代からの話です。
681年、天武天皇は畿内および全国に向けて、天社、国社の神の宮を新造、修理せよとの命令を発しています。
常設の神殿を設置するということは、神殿の中に神さまに常駐してもらうということであり、人間側の都合でいつでも神さまに願掛けしたり、ご神託を賜ったりできる体制にしようということです。
しかし、それ以前の神社には本殿や神殿、社の類は常置されていなかったのです。
仮設神殿を建てて、春や秋の祭の時にだけ神さまを呼んできて、祭が終わったらお帰り願うというスタイルであり、神は神社には常駐していませんでした。
社(ヤシロ)というのは、今では常設の神の宮、神殿、社殿の意味になっていますが、その語源は「ヤ=屋」+「シロ=領域」であり、神の座を建てるために設置された特別な場所のことで、必ずしも常置されるものではありません。
ヤシロは「神地」という意味だったのです。
では、祭の時以外に、神さまはどこにいると考えられていたのでしょうか?
万葉集には<社>を<モリ>と詠ませる例が認められます。
「山科の石田(いわた)の社(もり)に木綿(ゆう)かけて斎(いわ)ふこの神社(もり)」
「社」は「モリ」と読み、木々の繁る場所を意味します。神は木や林や森にも降臨するところから「社」を「モリ」とも言うのです。
社=モリ⇒杜⇒森
すなわち、森の中に神の領域=ヤシロはあったことを意味します。これが鎮守森の原型です。
神社には今でも森がつきものですが、これは神殿の中ではなく、周囲に広がっている森の中に神さまはいらっしゃるという観念に基づくものです。
さらに、榊<サカキ>とは、俗界と聖界を分け隔てる「境界=サカの木」という意味です。
古墳時代の祭祀では聖域として、生け垣を作り、生の樹木を垣根のように囲い並べて境界線を作ることで、その中に神さまを迎えました。これを<ヒモロギ>といいます。
また、ヒモロギとイワサカはワンセットです。イワサカ=<磐,境>とは、石を並べて囲い、その真ん中に神さまが降り立つと考えられた聖域のことです。
長崎県 対馬の天神多久頭魂神社(アメノカミタクヅタマジンジャ)
原始神道の流れをくむ天童(天道)信仰の中心地だった
天神多久頭魂神社には社がない
聖域には鏡がおいてあり、これを太陽神(天童)のヨリシロとして拝む
天神多久頭魂神社の裏側から撮った写真
鬱蒼とした杜に囲まれている
こういう祭祀法は古墳時代における神祇信仰の祭祀法であり、宗像大社の高宮祭場に今でも残っています。
天の岩戸の神話で、天照大神が岩戸の中に隠れてしまったときに、天宇受賣(アメノウズメ)らが唄って踊って騒いだときの祭場には、岩戸の前に榊を植え、榊に鏡をかけています。
これは岩陰祭祀と呼ばれる祭祀法で、6世紀から7世紀にかけての神祀りのやり方です。
宗像大社の沖津宮遺跡の発掘で確認されたものであり、神話の記述が正しいことを示しています。
そこから遡ると、4世紀から5世紀までは岩上祭祀といって巨岩の上に小石を四角に置いてイワサカを形成し、その前に鏡、ガラス玉、石玉などの装身具や刀剣類を捧げています。
つまり、古墳時代の祭祀は、縄文以来の巨岩信仰、磐座信仰から出発し、次第に岩陰、岩場から離れた露天での祭祀に変化していきました。
自然抜きには古代信仰は語れないのです。
石で囲まれたイワサカとそのぐるりを取り囲むヒモロギで構成されている
ヒモロギ、イワサカの他には、イワクラ、カムナビの概念もありました。
イワクラは神の降り立つ磐、寄り代のことであり、カムナビは神の住まう山のことです。
奈良県 大神神社のイワクラ
このように、原始神道の信仰とは、自然物を通じて感じられる<隠身の神性>への畏敬の念だったわけです。
隠身とは、神道の用語で、神は人間の肉眼では見えないこと、またその神の身を意味します。
具体的なモノの背後に感じられるインスピレーション、聖なるものの感覚ということもできるでしょう。
モノ=魂と古代の日本人は考えていました。モノに魂が宿るという考え方は、アニミズム(animism)にほかなりません。アニミズムとは、生物や無機物など、すべての物の中に霊魂や霊が宿っているという考え方です。
大神神社 拝殿
大神神社には今でも本殿がありませんが、それは三輪山自体がご神体だからです。
明治になったときに大神神社は本殿を建てたいと政府に要請していますが却下されており、神体山信仰がそれほど定着していたことを示しています。
これらの信仰の歴史こそが、自然の中に神さまの気配を感じ、その自然を畏れみ敬いながら生活していた日本的な霊性の一番深い部分にあるものなのです。
参考文献
三宅和朗 2001 古代の神社と祭り 吉川弘文館
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