秦霊性心理研究所

 

所長 はたの びゃっこ

 

霊性に関係すると思われる心理学的理論について、代表的なものを取り上げてみたいと思います。とは言っても、学校の教科書に載っているようなものもあれば、よほど専門的な知識を持っていないと知られていないものまで色々な理論があるので、霊性の発達に直結すると私が思ったものだけに絞ります。

 

 

まず、今ではすっかり日常生活の中へ浸透している「自己実現」という言葉について考えます。高校の教科書にまで出てくる概念になっていますが、もとは心理学や心理療法、精神医学等で用いられている専門用語です。


自己実現の研究者として知られている人物の一人に、アメリカの心理学者であるエイブラハム・マズローがいます。彼は人間の精神的な成長を欲求との関連で考察を行っています。他にも自己実現に関する研究者はいますが、とりあえずマズローに絞ります。

 

 

 


マズローの研究は一言で言えば、健康で完全な人間とは、どのような特徴を兼ね備えた人間なのかを明らかにすることでした。マズローは人間の暗くて、病的な側面だけでなく、理想的で健康な側面の方に目を向けたわけです。

彼の研究の中で有名なものに、人間の欲求について考察したものがあります。マズローは1950年代に、アメリカの都市に生活している人々を対象に調査を行っっています。その調査の中での重要な質問に「あなたが自分の人生の中で一番幸せだと感じ、充実していた瞬間はどのようなときでしたか?」というものがありました。この質問に対する回答結果を分析することで、マズローは人間の欲求がいくつかの階層から成り立っているのではないかと考えたのです。

 

これが欲求階層理論です。以下の図はマズローの著作に沿って私が作成したものです。

 



1.生理的欲求⇒人間のもっとも基本的な欲求に生理的欲求があります。呼吸したり、水を飲んだり、食事をとったり、というように人が生きていくために不可欠な欲求をさしています。

この欲求は私たちがこの世に生まれた瞬間から自動的に自分を動かしているものです。たとえば、赤ちゃんは、誰も教えていないのに、本能的に母親の乳房から栄養を得ようとします。このように、生理的欲求は他の全ての欲求に優先して満たされる必要のあるものです。この欲求が満たされると、次の欲求が生じて来るとされます。

2.安全の欲求⇒怪我や病気など生命を脅かすような状況に直面したときに、保護者や身の危険を守るようなものを獲得しようとする欲求です。

3.所属と愛の欲求⇒集団や組織に強い帰属意識をもったり、自分の周囲の人々に対して愛情や友情などをもち、好ましい人間関係を作ろうとする欲求です。

4.自尊の欲求⇒自己尊重、自尊心、他者からの尊敬と高評価を得るために、安定し、高い自己評価を獲得しようとする欲求です。

 

さらに、これは対自的自尊と対他的自尊に分類できます。

 

前者は、強さ、成就、適応力、能力の獲得、自信、独立と自由のための欲求です。無条件に「自分は自分で良いのだ」と思いたいということ。

後者は、評判や名声(他者からの尊敬や敬意、地位、名声、栄光、支配、認識、注目、重要性、尊厳、賞賛などを含む)に対する欲求です。自分の仕事が評価されている、自分が他者から認められている実感を持ちたいということ。いわゆる(社会的)承認欲求と言い換えても良いでしょう。

 

これら4種類の欲求をマズローは欠乏欲求(D-need)と呼びました。もしもその欲求が長期にわたって満たされないときには、人は精神的な健康を失い、病気になり、ときにば死に至るような特徴をもっています。その意味でこれらの欲求はいずれも通常の社会生活を営む上で必要な基本的欲求だといえます。

 

実際、私たちの多くは、おおむね自尊の欲求が満たされるくらいのところで満足しているのではないでしょうか?

しかし、マズローはこれらの欲求の上にさらにレベルの高い欲求の存在を仮定しました。それを彼は成長欲求(B-need)と呼んでいます。心身共に健康な人は、すでに基本的欲求を十分に満足させています。そのような人は、さらに「プラスアルファ」を狙うというのです。

成長欲求には、自分の可能性、能力、才能の限界に挑戦し、それを実現させたいという気持ち、自分がこの世に生まれてきた意味を考え、その使命を果たそう、全うしようという意志なども含まれます。

こうして人は自分の人格を磨き高め、精神的に充実した生活を送り、常に成長していこうとする存在になるのです。これが完成された状態が「自己実現」です。

5.自己実現への欲求⇒他人からの評価とは無関係に、自分の潜在能力や可能性を最大限に開発し、これを達成しようとする欲求です。

自尊の欲求の段階にいる人は、他人が自分をどう見ているか、ということにことさら関心があります。ところが、自己実現の段階になると、周りはともかく自分自身がどんな人間になりたいのかということに関心が向くようになるのです。


このため、たとえ他人から白い目でみられたり、馬鹿にされても、自分のやりたい通りに、納得できるような人生を開拓していこうとするようになります。
 
自己超越と至高体験・高原体験

ここまでは、心理学のテキストに必ず出ているような通り一遍の内容です。ここから先は世間にはあまり浸透していない話になります。

 

マズローは晩年になって、この自己実現の欲求が満たされた人間が次に何を求めるようになるのか、ということを考えました。彼は新たに自己超越(self-transcendence)の概念を提案しました。

 

自己超越への欲求とは、これまでの、あるいは現在の自分自身の状態を超えるような何かに変身しようとする欲求です。これまでの自分のイメージを根本から変えてしまうような行動に走ったり、既成の自分の人格そのものを改革してより一層自分を成長させようとする欲求と言い換えてもいいでしょう。


ただ、マズローは自分を超えた結果、何に変身してしまうのか、その具体的な結未までは言及していません。おそらく、そのパターンはバラエティに富んでいて、人によって変身するものが異なっているためです。


とはいうものの、あえて言うならおおよそ次のようなパターンを想定することができます。たとえば、裸一貰で事業を興し、長年に渡って一生懸命に働いて、莫大な富と財産を築き社会的に太きな成功を収めた人がいたとします。


このような人は自尊の欲求を満たした後に、社会的な自己実現へと向かった典型的な人問といえるでしょう。

ところが、このような人の中に、晩年になって突然人が変わったようになり、宗教に走ったり、山に麓って修行を始めたり、打算抜きで社会福祉に熱心になったり、これまでの生き方とはまったく正反対の「世俗離れした活動」に従事するケースがあります。

自己超越は、人間の精神的成長の極致であり、その人がきわめて高い精神レベルに到達していることを意味する概念です。人は生まれながらにして、この自己超越への可能性を秘めており、この境地に達することが人生の究極の目標であり、「生きていることの意味」になるというのです。



自己超越は本来なら神秘体験や宗教上の修行の過程で生じうる個人性を超えた意識に移行するような体験から生じます。体験者個人にとっては筆舌に尽くしがたい衝撃と感動が余韻を残し、外側からその人を見ればものごとを達観し、それまでとは別人に変身してしまったかのような印象を与えます。

それが至高体験(peak experience)です。至高体験とは、人生における最高の幸福と最高に充実した瞬間の体験です。

誰にでも人生の中でこのうえなく素晴らしいと感動した瞬間があるはずです。胸のときめきを感じるような初恋、スポーツの大会で優勝を決めた瞬間、大きな仕事をやり遂げたときなど……。

至高体験は多くの場合、予期することなしに向こうの方からやってきます。今までに体験したことのない、衝撃的な体験です。そしてその影響は後々まで実感をともなって余韻を残し、人格の飛躍的な発達と成長をもたらすといいます。

 

至高体験の存在を主張したマズローは、自身、何度かの至高体験の後、自分の意志でコントロール可能、持続的、かつ感情的ではなく平穏な意識状態を経験し、それを高原体験(plateau experience)と名づけました。

高原体験(plateau experience)とは静かでおだやかな永続的な悟りの状態であり、生涯をかけた努力、つまり、時間、労働、修養、勉強、誓約によって到達できるものです。

それは単なるエクスタシーではなく、覚醒した状態であり、ありのままの存在を認知できる状態です。それは非凡な人間性、超人間性、普通の人間性を超越することとして表現されるものです。

 

これは意外と知られていない体験要素ですが、霊性の発達にとって重要な超越体験の一種と考えられます。

 

自己実現の落とし穴

このように書いてしまうと、マズローの理論はあたかも「人間には無限の可能性がある。みんな自分の努力次第で、だれでも自己実現ができるのだ。」という人間観を提案しているように見えます。


ところが、マスローは自己実現ないし自己超越がいかに困難なことであるかについても言及しています。

彼の欲求階層理論によれば、人間の欲求は欠乏性の欲求から成長性の欲求まで5段階の階層構造をなしています。一般に、人は第4段階の自尊の欲求までは求めるが、もっとも高いレベルの欲求である自己実現、さらには自己超越までを求めようとする人間は多くはありません。


自己実現は優れた能力をもつ傑出した少数の人々だけが到達できるというのではなく、誰にでもその可能性は開かれており、理論的には可能なことです。でも、現実にはそれを求め、かつ達成している人間は非常に少ないのです。


どうしてだと思いますか?

 

私たちがこの世に生を受けて成長を遂げようとするとき、成長を阻止したり、自分からそれを回避したり、挫折を味わうような出来事が次々と起こるためです。


私たちは日常生活の中で多かれ少なかれ何らかの不安や葛藤、ストレスなどにさいなまれ、精神的に不安定な要素を併せ持っています。いわば「半死半生」の状態で毎日の生活を送っている人もいるでしょう。


また、人間には理想的で、最高の自分になろうとする意志をもつと同時に、理想や成長を恐れる気持ちももっています。特に失敗や挫折を味わったときには、「どうせ自分なんか、」、「しよせん私は……」と自分に限界を感じ、自己実現から逃避しようとする意志の方が強くなるわけです。

その結果、人は自己実現ができなくなってしまうのです。マズローが提案している基準によれば、自己実現に達している人は成人の1%未満であると言います。

さらに、マズローは自己実現する人は、自分自身を受け入れ、洞察力をもつ「神経症者」であると述べ、自己実現を達成した人間にもネガティブな側面が見られることを指摘しています。

たとえば、自己実現者は「あるがまま」の状態であるので、自分から能動的に行動したり、決断することがありません。それが主体性のない人間として映ることがあります。

また、他人が悩んだり、危機に陥っても助けることが軽視されます。したがって、一般の人からは愛情や慈悲の気持ちに欠ける人間だという誤解を受けやすいとも言えます。

さらに、自己実現者はこの世界は「あるがまま」だから、自力ではこの世界の出来事はどうにも変えようがないという宿命論に陥りがちです。その結果、彼らは自分だけ悟りを開いた独覚者のようになり、その体験を記述したり、他者と共有しようとすることはなくなるというのです。

自己実現、自己超越というと、その肯定的な面にばかりに目を奪われがちです。しかし、マズローは自己実現に伴う危険性や、苦しみ、困難な側面があることも指摘しているのです。

このことは短期間で誰でも簡単に自己実現や超越ができるとうたう「自己啓発セミナー」や「ヒーリング」に対する警鐘として受けとめておく必要があります。

たとえば、自己実現のプロセスにおいては常に自我喪失の危険が伴います。

内向的、弱気で、自信がなく、人とかかわることを嫌い、自分の殻の中に閉じこもりがちな人ほど、逆に自分を失ってしまいます。このような人が自己実現をめざそうとすると、幻覚や妄想に支配されてしまい、現実と空想との区別がつかなくなり、ときとして精神を病んでしまうリスクを伴うのです。

いわゆるスピリチュアル・精神世界へ向かう人々は多かれ少なかれ、これまでの自分や今の自分に不安や戸惑いを覚え、一時的にせよ自信を失ったり、社会的に不適応をきたしている面があることは否定できません。したがって、彼らがスピ系の信念体系やオカルト的世界観に飲み込まれていった結果、自我喪失状態に陥り、自己超越はおろか自我の確立もできないという可能性はあると言っておきます。

人間の精神的な成長とは、自我の合理的機能を放棄したり、退化させることでなく、理性を保ちながら自我を超越していくことです。

自分を失うことなく自分を越える。日常と非日常、合理性と非合理性、この一見相反するものの均衡をとり、2つの位相を行き来すること。これが「超越」の状態です。しかも、この境地に至るには襲いかかってくる精神的危機を「魔境」として克服することができるだけの自我の強さも必要です。この点を十分に理解することなく、ただやみくもに、ヒーリングやセラピーを受けたとしても、自分の望んでいるものはえられません。

当然ながら、この問題は私たちの行っている相談活動にも問われることですし、スピリチュアル文化に関わっている人々、カウンセラーやセラピストとしての資質・能力の問題も含んでいます。この辺のスキルは学習によって上達すると思いますが、相談者、依頼者の状態が何も変わらない、むしろ悪化させてしまうケースも見受けられます。

 

扱っているのが形而上学的なテーマなので検証不可能だという「開き直り」はできないでしょう。

 

この点についてどう受け止め、どう対応したら良いのか、まだまだ検討するべき課題も多いように私は思うのですが、皆さんはどうお考えになりますか?

 

とりあえず、ここでお話しを言ったん切ります。ごきげんよう。

 

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