1月21日(土)
東洋陶磁美術館に行きました。
北宋の時代、汝窯(河南省)で作られた水仙盆の展示がありました。
汝窯は、宮廷で用いられる器を作製していたところです。
台北故宮博物院所蔵の北宋時代の水仙盆が4点、
同じく故宮博物院所蔵ですが、景徳鎮で作られた清代のものが、1点、
東洋陶磁美術館所蔵の北宋時代のものが1点、
計6点、展示されていました。
ひと口に青色といっても、それぞれに色味がちがうのですね。
わたしは、やはり、「人類史上最高のやきもの」として、紹介されている
無紋水仙盆の少し明るめの青色が、美しいと思いました。
因みに、水仙盆は、当時どのように用いられていたかは、はっきりしていないそうです。
このように使われていたかもしれず、(写真は、現代の作家さんのものです)
盆栽の器だったかもしれず、ただの置物として用いられていたかもしれず、
わからないそうです。
美術館を出たあと、エルおおさかの「古代を偲ぶ会」の講座に初参加しました。
講師は、藤田憲司先生、演題は、「邪馬台国とヤマト王権1」でした。
「1」ということは、つづきがあるということです。
今日のお話で、なるほどと思ったことがあります。
それは、九州・瀬戸内・山陰・畿内という地域について、わたしたちが無意識のうちに
抱いてしまっている先入観についてです。
わたしたちは、日本というひとつの文化圏の中の九州・畿内というとらえ方を
してしまいがちです。
しかし、古代においては、九州と畿内では、全くちがう文化圏といってもいいほどに、
文化がちがうのだとおっしゃいました。
それを、具体的には、墓制と弥生土器を例にあげて説明してくださいました。
何だか、新鮮なものの見方を教わった気がします。
昨日は、なみはや歴史講座で、「6・7世紀の高句麗と日本」。
講師は田中俊明先生。
前半は、北朝鮮から中国にかけての高句麗遺跡のスライドを見せていただきました。
後半は、レジュメを見ながらの講義。
スライドのところでもそうでしたが、内容が盛りだくさんで、とにかく走る、走る。
もう、付いて行くのに、必死でした。
講義後、「内容は、文章化して資料に書いているので、読んでください」と言われました。
今日、読みかえしましたが、難解過ぎて、なかなか頭にはいりません。
やっぱり、この方は、自他共に認める天才だわ、と昨日は思いました。