ひまわり 8月19日(水)


昨日も今日も帰宅すると何をする体力もなくて、そのままバタンです。

この3日間は、オットットさんに事前に「使い物になりません」宣言をしておいてよかったです。


昨夜は講座の後、10人ほどで呑みに行きました。

わたし以外は、奈良大学の歴史考古学科(?)通信教育の卒業生or在学生です。

定年後または子育て終了後に、一念発起、新しく学習を始められた方です。

お話をうかがうと、想像以上にたいへんそうですが、楽しそう。


卒論も、本で調べたことを考察するのではなく、ひとつひとつ自分の足で

調べていくのだそうです。

テーマによっては、海外に行かなければならないこともあるでしょうし、

調査させてもらうための交渉も自分でしなければならないので、

うわあ、それはいろんな面で勉強になるだろうと思いました。



奈良の夜の町。




このとなりの文化会館国際ホールというところで、講義を受けています。


今日は、加島勝先生の幡のお話がよかったです。

「幡」という語は、よく聞いていたのですが、

いったい何をするためのものか今いちよくわかりませんでした。

今日はそのナゾが解けました。


幡、まあ幟というか旗に類するようなものなのでしょうが、

勢力範囲を示すために掲げるものだそうです。

この城は、○○の城だ!というように、城壁に掲げる。

戦時は敵の城を攻略すると、奪ったという証に幡を掲げる。


これが、宗教にも使われます。

「ここは仏教を信仰している地域ですよ」という証として幡を掲げて、旅人に知らしめる。

日本人には、わかりにくい感覚かもしれません。

しかし、古代、さまざまな宗教が交錯する西域の沙漠を旅する人々(僧侶)にとっては、

この目印は、心強いものだったに違いありません。

「仏教を信仰している場所」だと、庇護も受けられるし安心もできます。

玄奘の気持ちになるとよく理解できます。


こういう市民講座では、初心者から上級者まで、いろいろなクラスの人を

同時に対象にしているため、

「こんなことわかって当然」と言う形で話が進められていくことが少なくありません。

それで、もやもやすることがよくあるのですが、

時々、今日の幡のような説明があるとありがたいです。

すごく得した気分です。