もう何年前になるのだろう、車のラジオでかかっていた、アレ。
それは僕にとってあまりにも聞きなれない何かで、音楽というよりも、むしろ甘い囁きだった。
ラジオのスピーカーからアルバムを紹介を告げる MC の言葉、それを僕は必死で記憶して、急いで家に帰って、ネットで検索をかけて、そして即刻購入を決めた。
先日たまたま、乱雑にファイルの放り込まれた PC のハードディスクの整理に取り掛かっていると、musicフォルダのなかに収まる、アレを見つけた。なぜだろう、もう何年も聴いていなかったことに気づいた。
もっと高く評価されていいと思うのに、一部の人にしか知られていないのが残念で、昨日の夜、ネット上に動画なんてないよな、と思いながら検索してみると、あ……あった。
ではでは、みなさまどうぞ、URLリンクが途切れないうちに、、、。
書上奈朋子「BAROQUE/バロック」よりCIRCOLAR
Amazon の紹介やレビューを読んでも、彼女の作品を通して感じることは人皆、同じか。エロス、暴力、猥褻、誘惑。そういった語彙が共通して語られる。それにあえて、自分なりに言葉を選んで付け加えてみると、そこにあるのは誘惑ではなく、その誘惑の純真さだ。それは猥褻ではなく、その猥褻のひたむきさだ。もし仮に、猥褻というものに無垢な信仰が許されるのなら、それは眼前にひろがるこの音楽だろうか。
彼女の、官能に心地良く響く旋律が鼓膜を埋めるたびに、僕はクリムトの絵画のあの金色を思い起こす――――。
(The Kiss, Gustav Klimt:http://www.wallpaperlink.com/bin/0706/03494.html)
目の前に立つ可憐な恋人の両頬に両手を添えて、その柔らかな唇を塞いであげたい――――。
甘く抱きしめて、優しく奪い尽して、悦ばせて、燃やし尽して――――。
男はそのすべてを腕の中に覆い隠してゆく。しかし、女もただ受け身に従っているだけではない。男の首筋へとしなやかに伸ばした片腕は、抑圧を解かれた彼女の火焔の昂りを余す所なく見せつけている。
次第に高々と階梯を上げていくコーラスは二人のピークを告げて、金色の恍惚はどこまでも伸びてゆく。燦燦と紡ぎだされるソプラノの声ははたして天使の餞か、嘲笑か。官能的な渦巻文様をのせた衣装の裾から流れ落ちる藤の花にも似た黄金の嶌、その煌きを雫に散りばめてせせらぎと為せば、すべては虚無の世界に昇華されて―――――。
ある古典音楽の主題が遊戯的に操作されてるのに気づきました? そういうところは、アルバムのタイトルこそ BAROQUE ですが、むしろマニエリスム的な作品ともいえるかもしれません。見事に解体された原曲も、一時期携帯の着信音にしたほど好きです。
