マイナスとマイナスをかけるとなぜプラスになるのか?

この疑問も、ネットで調べると、いろいろな説明が載っています。

中には私の考えに近い説明もありました。

以前に書いた、畑村洋太郎さんの「続 直観でわかる数学」もその一つです。

 

しかし、いろいろあるということは、

「これですっきり!」というわけにはなかなかいかないようです。

人によってすっきりするポイントが違うので、説明もいろいろ存在するのかもしれませんが。

 

私は私の考え方である程度すっきりしたので、それで納得できる方もみえるかもしれません。それなら書く意味もあるかもしれない・・・

ということで、前置きが長くなりましたが、説明してみたいと思います。

 

といっても、最後の結論は簡単です。

 

私の今回の説明は、数字をひねくり回すものではなく、考え方だからです。

それも、一言でいえます。

 

マイナスとは何か?

 

マイナスとは、「方向」を表しているのです。

 

以上、おしまい。

 

 

・・・といっても、これでは何のことか、わかりませんね。

 

もっと詳しく書きましょう。ここからが長いです。

 

そもそも算数で「方向」とは、どういうことか?

そのためには、算数(数学)とは、なにを扱うものなのか、ということから考える必要がありそうです。

 

「数学って数(かず)でしょ?」「数字でしょ?」

 

(私も含めた)素人的には算数(数学)といえば、まず中心にあるのは数字であり、

それもまず「リンゴ1個」「100円玉5個」とかの個数(自然数)でしょう。

その次は「1km」「300g」といった距離、重さ、長さといった連続した単位であり、せいぜい時間までです。それがメインのイメージです。

 

これはしょうがないことなのかもしれません。

 

算数がどうやって始まったのかといえば、まず羊の数を数えるとかから始まったに違いないのです。

そして、現在の日常生活でも、それ以上のことを扱うことは、まずありません。

 

それに加えて、私たちも、小学1年生でまずならうのは、数(個数)の数え方からです。

だから、算数といえば個数、数。それが自然なのです。

 

数字は確かに、数学のメインだと思います(大学の専門までいくとわからんが)。

でも、それだけではない。

数字を単に、羅列することではないですね?

数字の規則性を考えたりすること。

また、数字以外でも、図形、というのもあります。

 

「図形も角度があるじゃないか」という考えもありますが、角度が測れないと数学にならないか、というとそうでもない。

コンパスと(メモリのない)定規だけで、どんな図形を描くことができるのか、というのも立派な数学の一分野のようです。

有名な「メビウスの輪」というのがあるように、空間に関することも、数学として扱うようです。

 

そう考えると、数学というのは一概に定義するのは難しいようです。

ウイキペディアでも、単純に定義できないと書いてありました。

 

また、数字を扱うにしても、いろいろなやり方があります。

「微分」というのは、数字の増え方(減り方)、つまり変化を考えるものです。

単に「数える」、ということからかなり離れていっています。

 

というか、実生活の延長で考えても、単純に数えるだけだと不都合なわけです。

微分でいえば、坂を転がる球がどのくらい速くなっていくのか、知れるものなら詳しく知りたい。そういうとき、微分を考えると楽なわけです。

 

集合、というやつもあります。

64の約数はどれか。

 

「変化の度合いはどんな感じなのか」

「約数はどれか」

実は、こうした、文章でも表現されることを、できるだけ数字の式で表してやる、

それが算数(数学)の一つの役割だと思います(かなり主観が入ってます)。

 

だから、(それがすべてではないだろうけど、)数式で表現できるなら、それは数学と言っていいのかもしれません。

変化の仕方は数式で表現できるから数学でしょう。

同じ変化でも、感情の変化は数式では表現できないだろうから、数学にはならないと思います。

 

( そういえば、高校でやった行列、というのは、あれはなんなんでしょうね。

いきなり(   )の中に数字が入っていた。そして、最初にやるのは小学校1年生なみの、ただの一桁の足し算。

数学の分野で、あれだけだと、あれほど違和感のある単元はありませんでした。

あれは素人的には数学とはいいたくなかった。

あんな習い方では、たとえば△や〇のなかに勝手に数字をいれてやっても「数学」になってしまうではないか。 )

 

 

さて、算数(数学)は数字だけ扱うものではない、ということを前提に、マイナスという記号の意味を考えます。

 

マイナスは、おそらく、数学を習うとき、数字(数える)以外で初めて登場する新キャラなのです。

 

最初に書いた通り、マイナスとは、「方向」を表現したものです。

あたりまえだけど、数字ではない。

数字を数えるだけじゃ、なんか表現しにくい。

「向き」を表現したい。

その表現形式が、「-」という形をとったのです。

 

実は、そう考えると、ひき算そのものに、方向性の要素が入っています。

それがあいまいなままに、マイナスに移行していくから、ややこしい。

 

具体的に、小学生レベルの例を出しましょう。

 

「リンゴが6個あります。お母さんから2個新しくもらって、そのうち4個を友だちにあげました。手元に何個残っていますか?」

これを解くとき、マイナス、ひき算という考え方を知らなかった、大昔の人を想像してみてください。

あるいは、ひき算をしらない、4~5歳児を。

 

できるのは、6個、2個、4個と数えることだけです。

そしたら、次のような間違いをしやすいのではないでしょうか。

 

「6+2+4=12」

 

「だって、6個と2個と、4個じゃないか!」と。

 

それが間違いだと説明するのは、実は難しい。

 

なぜ、

6+2+4

 

ではなく、

6+2-4

 

と表現しなければ、ならないか?

 

大事なところなのでもう一度。

 

リンゴをもらう/リンゴをあげる

 

「もらう」「あげる」という行為を、どのように式として表すのか。

どう表現するか?

「マイナス」という考え方がない時代は、困っただろうと思います。

 

ここで大事なのは、リンゴの個数ではなく、「(お母さんから)もらった」「(友だちに)あげた」という動作を表現しなくてはならない、と気づくことが大事です。

そして、そういう動作を表現することは、ただの数字では無理です。

そこで、「-」という表現がでてくる。

 

他に、「-」という表現をとらなくてはならない根拠はないのです。

そこにしか根拠がない。

しかし、絶対に表現しなくてはならないことです。

 

「もらう」ということと、「あげる」ということが、全く違う、というか、正反対の動作であること。

それを表現する。

 

これは、正反対の動作だから表現ができます。

また、りんごの数の増減にかかわることだから、数式で表すことができる。

(こうやって書いていくと、数式の表現方法というのはなかなか奥が深いと思います)

 

例えばこれが、

「リンゴを2つに切った」なら、ご存じわり算で表現できそうですが、

「リンゴを食べた」だと、ちょっと怪しくなる。

さらに、

「リンゴをすりおろした」

「リンゴに色を塗った」

「リンゴを焼いた」

「リンゴジュースにした」

「リンゴを腐らせた」

とかだと、これはやはり、数式で表現するのは無理です。

 

「もらう」「あげる」というのも、あくまで個数の増減にかかわるところだけ抽出して表現しているにすぎない。

まあ、でも、そうして表現すれば、「もらう」と「あげる」は、正反対の向きになるわけです。

 

ここで、算数で、「向き」を表現することができるようになりました!

 

くり返します。

「-」は、向きです。

 

さて、リンゴだからあまり応用がききませんが、

一番向きをイメージしやすいのは、移動でしょう。

 

ある地点を0として、数直線を引く。

東の方向を「プラス」とすれば、「-」というのは、東から180度回れ右する(西に向く)、ということです。

100m東にいって20mもどれば、「くるっと正反対の向きをとった」ということを、-として表現して、

 

100-20

 

と式にできる。

 

この「マイナスとは、くるっと向きを変える」

のイメージができれば、もういいですね?

 

マイナスかけるマイナスは、

くるっ、くるっと「2回向き」をかえること。

つまり、プラスになるわけです。

 

おしまい。

 

 

蛇足1:

「マイナス5個のリンゴ」というのは、本来考えてはいけない。

お金で、「√50円(ルート50円)」というのを、理論上は考えることができても、実質的には意味がないのといっしょです。

意味のないことは考えない方がいい。

 

でも、ときどき「~ってどういうこと?」ということの代表にでてくることがあるので、あえて考えるとすると、

というか、最初にマイナスの概念を教わったときは、そのあまりの現実感のなさに、つい反抗して考えたくなりますよね?

「マイナスマイナスっていうけど、じゃあマイナス5個のリンゴってどんな感じなの?」と。

考えてみましょう。

 

多くの方は、「マイナス5個のリンゴ」のイメージとして、みえない透明なリンゴを思い浮かべるのではないでしょうか。

それはあまり正確ではないようです。

それでは0のイメージに近い。

これはやはり、畑村洋太郎さんの「続 直観でわかる数学」でなるほど、と思ったのですが、

数えるリンゴを置く地面(や台)に、マイナス5個のリンゴ型の穴ぼこがあいているイメージがよい。

そこに5個、本当のリンゴをもってきてやると、その穴がやっときれいに埋まって平らになる。そこで初めて0です。

借金といっしょですね。

 

蛇足2:

私はまったくの素人ですが・・・

最近は高校で複素数平面というのを習うようですね。

私のころは確か、なかったけど。

今回の、「マイナスとは向き」というイメージを拡大してやると、

この複素数平面というのと合わせて、

あの「虚数」の i (アイ)というやつも、イメージしやすくなる気がしました。

 

マイナスは向きを180度変えることです。

一方で、 i の二乗は-1です。

 

ということは、

「 i を1回かけるというのは180度(半回転)の半分、90度(4分の1回転)だけ向きを変えるものだ」

というイメージになりませんか?

実際、複素数平面ではそのようなのです。

 

 

複素数平面と、中学あたりで習うxy平面と、どうちがうか。

くり返しますが私はまったくの素人ですが、

xy平面だと、座標を(2,4)とか表現します。

が、この2と4が、2と4には実質的になんの関係もないわけです。

それが、複素数平面だと、2+4 i と表現してやれるわけです。

すると、一つの足し算で座標を表現できる。 しかも、180度以外の方向を表現することができるわけです。

 

私は素人ですが(しつこい!)、それだけでも、今まで何のために習ったのかよくわからなかった虚数が、あると便利なイメージがもてました。

 

<終了>