さて、それでは①からです。

 

まず、歴史とはなにか、ということについて、よくある認識をあげてみます。

そしてそれらの認識についてそれぞれ、私なりにそれでは納得のいかない理由を書いてみたいと思います。

 

歴史とはなにか、ということについて、よくある歴史の説明は3つくらいでしょうか。

それぞれ A、B、C とします。

 

A:世の中の出来事を時間軸にそって並べたもの

いわゆる年表ですね。一番シンプルな説明。

 

B:現代に活かすための教訓

過去の失敗や成功から学ぶ、というやつです。歴史とは何か、というより、歴史を学ぶ意味という意味合いが強いですね。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という有名な格言もあります。

 

C:現代の社会の動きを知るために必要な過去の流れ

あまりにも悲惨なので例に挙げるのはためらわれるのですが、ちょうどロシアのウクライナへの軍事侵攻。どうして他の国ではなくウクライナなのか。それを理解するためには、当然両国の過去を知らなければならない。

 

 

これら、3つの説明のしかたを、私は完全否定するつもりはありません。

それぞれ、それなりに歴史の説明になっていると思います。一理あります。

一方で、「本当にそうなのか?」という割り切れない気持ちが残ります。

なにか足りなかったり、「そこまで言い切れる?」という感じです。

 

 

まず、Aからいきましょう。

簡単にするために、Aの説明を、「年表説」と呼ぶことにします。

 

年表説は一番シンプルなので、子どもに説明するにはよい気がします。

 

また、実際、大前提として、

歴史は時間軸にそって展開するもの

です。

 

これは絶対なので、年表説が間違いということは絶対にない。

過去を原因として、そのあとの出来事が起こるのです。

これは100%そうで、未来の出来事が過去に影響を与えることはありえない。

 

ただ、年表説で疑問なのは、

そこで取り上げられる出来事が、取捨選択されている

ことです。

 

その取捨選択の基準はなんなのか?

 

私が何年何月何日にどこそこの自販機でジュースを買った、というようなことは歴史の教科書には絶対にのらないでしょう。それはさすがにわかる。

 

しかし、微妙なケースがある。

江戸時代でいえば、忠臣蔵

大石倉之助の討ち入りは、歴史で覚えるべきことかどうか? 

もっと微妙なのは、有名な、徳川綱吉の生類憐みの令

時の権力者が迷信の類を信じて行ったことです。綱吉死去後、すぐに廃止になりました。これはどういう点から大事なのでしょうか?

時の権力者がやったことならなんでも大事になる、というのは違うだろうと直観的に感じます。

 

他にもあります。世界史に目を向ければ、有名な「ベルサイユのばら」

私は子供のころあれを読んで、フランス革命に興味をもった。

また、「三国志」を読んで、中国の歴史を勉強したくなった。

 

ところがですよ? 

 

いざ世界史でフランス革命が出てくると、

(オスカルは架空の人物だから出てこないのは当たり前ですが)マリーアントワネットとフェルゼンの恋物語なんて、教科書には何もでてこないわけです。

三国志でも、魏・呉・蜀の三国の名前はでてくるが、

みんなのヒーローともいえる張飛関羽などは特に覚える必要がないのです。

 

がっかりですよ。

いっそのこと、テストの余白に書いてやりたかったぐらいですよ。

 

そこで、歴史というものが好きでありつつも、どこか疑いの目をもつようになるわけです。

 

「いったい歴史の教科書ではなにを基準に大事なことと

 そうでないことをわけているのか?」

 

子ども心には、三国志のあとの王朝の名は晋の後はどうでもいいわけで、

それよりは諸葛孔明の方が重要単語だったわけです。

 

<続く>