小瀬川を渡り、芸州(広島県大竹市)側を遡ること数分、高田藩との戦闘があった苦の坂です。
「花神」はまだ上巻の半分ぐらい(蔵六さんは宇和島から江戸に移って一旦周防に戻って来た所)ですが、中巻の芸州口の戦いのくだりを先読みしてから来ました。
作中では「玖の坂」と書かれてたのでした。なのでずっと玖波(くば)(ここから北へ5kmほど)の辺りだと思ってました。
この場所を知ったのはほんの半年ほど前、偶然地元(大竹市)の郷土史みたいなのに書いてあるのを読んだときでした。
ここの看板にも詳しく書かれていました
ここに来た目的がもう一つ。
車で通る時、少し先の林の隙間に雰囲気のある神社が見えて気になっていました。
苦の坂戦跡碑の横が参道になってました。
なかなか立派な参道、蜘蛛の巣を避けつつ進むと、この木々に囲まれよう
踏み入ると立派な神社でした。
説明板も。
勝池(ちきりいけ)神社とのことでした。
市杵島姫命にまつわる伝説、「苦の坂」のいわれ、いい神社。
市杵島姫命は神様なので実際通ったのは尼子娘だったのでは、と「神様の御用人6」で馳せた思いとシンクロしました
と、ドアtoドアで2時間チョイのスーパー安近短旅、いい旅でした