いよいよ関ヶ原の戦い!
巻名から特別です。
これまでは思わせぶりな巻名でしたが、この巻はド直球です。
これ以上の表現がなかったのも頷けます。
巻の前半分でその戦いが描かれます。
そこに『作者』が2度も登場これには驚きました。
山岡荘八さんの特別な想いが溢れ出てしまったのだと思います。
合戦に決着が付いた巻の後半は、まず落ち延びる石田三成。
ここをじっくり読んだのは初めてです。
結局、この巻で登場シーンが一番多いのが彼です。家康さんより圧倒的に多い。
次が、一応西軍総帥の毛利氏の処遇。
岩国の吉川資料館でこの辺りの書状をいっぱい見たのが思い出されます。
ここで出て来る吉川広家→黒田長政の書状もあったと思います。
そして、実はこの本をひろしま美術館行きのお供にして、この終盤部分を読んだのでした
(こういう巡り合わせになるとは全く思ってなく、いつもの持ち運びの通りカバーを外していました)
改めて広島城を見るに、さずが毛利120万石の名城です
これが敗戦処理で防長二州40万石弱へ。
殿様以下家臣たち、どんな気持ちだったのでしょうか?
260年後の倒幕の動機の一つとも言われていますので、とてつもない想いだったのでしょう。
その人たちと同じ道をたどって、私は岩国へと帰ったのでした。
ちょっとシンクロした気分
その前に、広島城をもう1枚。名城!
この戦いでは傷は付かなかった豊臣家。大坂の陣への兆しを秘めつつ、その前に勝った側の徳川家の騒動が芽吹く。
秀頼を『幸福が故の不幸』と表したのがそのまま家康さんの息子にも当てはまる。
歴史の皮肉かこの小説の名作たる所以か。
家康さん自身の”遠き道”が続く訳です。
カバー付きの画像も記録として載せておきます。
(香炉は出て来なかったような)
そして、これが私の本・漫画ネタ200個目記念にもなったのでした