1-11 世田谷・二子玉川~高津・溝口 ~意外な由来?二子~ | 徒然風

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Helloビックリマークぴゅうです。

今日はピアノ音譜なので香辛料更新量は控えめ。


今日は、二子玉川周辺からスタート。

僕は、多摩堤通りで右折してしまい、

Old Highways Diary ~旧街道を探して~-443

そのまま二子橋へ。ここは旧246ですが、いまだ246に登録されています。

向こうに見えるのが新246、新二子橋。

1925年に作られたもので、1927年~1966年までは玉電との併用軌道となっていました。


昔、大山街道を歩いていた人々は、二子の渡しを通っていました。

技術的には橋も架けられたのですが、幕府は多摩川を江戸の要塞としていたため、橋はかけられず、渡し船でした。

人だけではなく、馬や荷車用の船もあったり、大きな渡し場となっていました。

かつて暴れ川であった多摩川は、人々が川の氾濫により何日も足止めされることも多々ありました。そのため、両岸には町が自然と発展しました。特に、川崎側は二子・溝口ともに発展し、宿場ともなりました。

また、流路変更も多くあった多摩川なので、二子の渡しの位置もよく変わりました。

しかし、明治時代にはこの二子橋の下流にありました。

江戸時代には、上町線につながっていたのだ、と考えます。


全長440mの二子橋を渡りきると、東京都世田谷区から神奈川県川崎市高津区となります。

二子橋交差点からは二子・溝口宿となります。


江戸日本橋から五里、相模矢倉沢へ十二里。上中下三宿に分かれ、寛文九年(一六六九)十二月溝口村は宿駅に指定され人馬継立を行った。後に二子村が分村独立すると二子村と月の半分ずつ宿役を勤めた。


「二子(ふたご)」の由来ですが、町内の元居村(二子5・6丁目)に二つの古墳があり、「二子塚」と呼ばれたのに因んでいます。

しかし、今では古墳は残っておらず、写真、記念碑、橋の名前、マンション名に名を残すのみとなっています。
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ここら辺の大山街道沿いには「大山街道」との表記もあります。


160m進むと、右手に見えてくるのが
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二子神社です。
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元々は神明社、と呼ばれていたそうで、創建は1641年といわれています。

Old Highways Diary ~旧街道を探して~-447拡大可能。
大山街道に面している鳥居の脇には、このようなものが立っています。

「かの子碑」とは、太陽の塔で有名な岡本太郎の母親で、文学碑、というかモニュメントが境内にあるそうですが、僕は行けず。


他にも境内には
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境内社があったり、
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庚申塔があったりします。

何となくこの庚申塔気に入ってたりします。


197m進み、左手のマンションの脇にある公園の前にあるのが
Old Highways Diary ~旧街道を探して~-451 拡大可能。
先ほどと同じ種類の案内板。

ここは大貫家があった場所で、岡本かの子の生家だったそうです。


そのはす向かいにあるのが
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浄土真宗大谷派大悲山光明寺。

かつては元居村にあったそうですが、住民の移動とともに現在地にうつされました。

甲斐武田家の家臣、小山田宗光が庵を作ったのがはじめだそう。

寺となったのは1601年のことです。

また、明治時代には境内に「二子学舎」がおかれ、近代初等教育の基となったそうです。


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さっきの写真にあった「大山街道」と書かれた電灯のほかに、このような赤いものも近くに貼ってあったりします。これはここだけのものではなく、遥か離れた大山のお膝元、伊勢原市にも貼ってあります。


面影を探しつつ406m進むと、
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趣を残すタナカヤ呉服店に出ます。

「重い瓦屋根と土の壁、母屋との境は厚い土戸。2階には頑丈な格子窓。防火、防犯など蔵の特徴を生かした重厚な店構え。田中呉服店は、明治に建築された代表的な蔵造りの店である。」


それでは、今日はここまでとします。


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また明日。