この話題については、様々なご意見があると思いますし、自分自身、特にこの2年間は複雑な心持ちでいました。
ブログで書くかも迷いましたが、自分の中での気持ちの整理として、記録しておきます。
私がバレエと出会ってから、ずっと大好きだったバレリーナがいます。
それは、スヴェトラーナ・ザハロワ。
YouTubeでも今や観られるようになりましたが、ブルメイステル版「白鳥の湖」にハマった私が、パリ・オペラ座バレエのビデオの次に買ってもらったのが、ザハロワとボッレの「白鳥の湖」。
第2幕、舞台袖から彼女のオデットが登場した途端に、たちまち虜となりました。
圧倒的なスタイルを存分に活かし、一歩間違えればアクロバティックに見えてしまう技巧を芸術へと高めた究極の美。
第3幕、黒鳥オディールを生き生きと演じていたのも強烈で、特にこの高笑いが大好きでした(笑)
初めてザハロワに出会ったのが、こちらのスカラ座の「白鳥」の映像。
— バレエ好きの経理担当者 (@VumnujewAd8EPFA) April 2, 2022
美しいラインは勿論のこと、騙されたボッレ王子をこれでもかというくらい嘲笑うオディール像が大好きでした。
この高笑いを見たら他では物足りないし、ザハロワになら嘲笑われてもいいと思える。(え?)https://t.co/kC6RDISRL3 pic.twitter.com/rHdL65PozO
ずっと東京公演しかなかった彼女の舞台、最初で最後の「白鳥の湖」全幕@大阪、母が必死にチケットをとってくれて、前から数列目で観られました。
紗幕越しに、彼女のオデットが浮かび上がった時、「本物だ!」と鳥肌が立ったこと、今でも忘れません。
それから数年後、受験生真っ只中、「数時間バレエを観たくらいで落ちるくらいであれば、元からダメ」という母の言葉に押されて(意味不明)、「オールスターガラ」で、彼女の「海賊」を見ました。
スワロフスキーのチュチュに負けないくらいキラキラ✨で、オペラグラス越しに目がやられました(笑)
ですが、同時に、彼女が政治と深い関係をもっていることも、もちろん知るように。
まあ、「ボリショイ劇場は、秘密兵器」と当時の首相が映画で語っていたくらいですし、ソ連時代を知っている(中2でまさかの初海外がソ連バレエツアー😅)母からも、「あの国のバレエは、ただ綺麗なだけではない」ことは繰り返し言われています。
ザハロワの政治的ポジションについては、今まさに揉めていて、政治と芸術についてどちらの立場も理解できるが故に、辛いです。
(細かいことを言えば、「来日しているのは、ボリショイではないぞ」というツッコミはしたいし、大使については過去の全く無関係なお店への営業妨害もあって素直に受け止めづらいのも事実)
ザハロワが表舞台で政治を語ったものはあまりありませんが、こちらのインタビューが結構攻めていました。
2018年公開、アルジャジーラのインタビューです。
バレエ以外にも、彼女と政治の関係、ウクライナとの関係等かなり鋭い質問が来ていました。
以下、いくつか抜粋して拙訳を掲載します。
Q:あなたは、文化の象徴ともいうべき人で、議員も務め、プーチン大統領を支持しているともいえますよね。
現在(2018年)のロシアを取り巻く環境、立ち位置をどう思っていますか?
A:国際情勢が複雑になる中でも、ロシアを含め、世界の指導者たちには戦争を避ける努力をしてほしいです。
不景気や経済制裁は生き延びれても戦争を生き延びることはできないから。
子供たちが命を落としたり、家族が引き裂かれたりするのを見るのが一番辛いです。
でも、これは私が答えられるものではありません。
私は、自分の世界で生きています。
多くの情報を得ることはできますが、他の街の人が経験していることは、自分の実体験ではないのです。
バレリーナという職業は、多くの国へ旅する機会をくれますし、私は、ロシアで最高の劇場で踊る名誉を与えられている立場。
それに対して文句は言えません。
Q:では、どうして政界入りを決意したのですか?
A:人生には、ステージというものがあり、私にとっては、マリインスキーからボリショイへの移籍がそれでした。
モスクワはペテルブルグよりもより多くの機会を提供してくれます。
自分に関心をもち、援助を申し出たり、自分の公演を、成功を喜んでくれる人々がいる。
そのような中で、政治という機会に興味をもちました。
Q:現在(2018年)のウクライナをどう思っていますか? ウクライナはあなたが生まれた国でありつつ、あなたはロシアによるクリミア併合を支持していましたよね。
A:家族は皆ウクライナを離れたので、もう関係性は残っていません。
ウクライナで生まれたが、人生の大半をロシアで過ごし、国籍上もロシア人で、ウクライナ人だという意識はありません。
子供の頃のウクライナは今とは違っていました。
ロシア人とウクライナ人は、各々の言語を話しつつも理解し合っていた、まるで姉妹のような国だったのです。
ウクライナ人は非常に才能豊かで、世界やソ連に多くの優れた芸術家を送り出してきました。
これについては、何時間語っても語りつくせません。
でも、私の家は、ここ(ロシア)です。
数年前、母校のキエフバレエ学校に援助を申し出た時、政府に拒否されたことは非常に悲しかったです。
彼らは予算がなく、子供たちのために、暖房設備や雨漏り補修をできずにいたの。
真冬にバレエに励む彼らにとって、どれだけ大切なことだったか。
それ以外のことは、政治家たちが解決してくれると思っています。
私はただ、かつては姉妹のようだった2つの国が、ここまでいがみ合うようになったことが悲しいです。
これは、文字だけでは伝えきれるものではないので、ぜひ動画でご覧いただきたいです。
特に、彼女が回答する際、言葉を選んでいる様子、ウクライナについての想いを答える場面、どれも映像でしか分からないものがあります。
これだけを見れば、「やはり彼女はあちら側」と思えてしまうかもしれません。
でも、私は、これが、彼女が公式発言として残すことができた、最大限の言葉だったと思うのです。
多少は自分が選んだ道とはいえ、少しも迷いがあったわけではない、本人しか分からない心の内があると思わせる回答ぶりでした。
ロシアで、トップバレリーナとしての座を築き上げた彼女、それと引き換えに支払った代償もあったと思います。
トップを極めれば、その立場を利用しようとする人が現れる、それは才能をもつ人の宿命であり、我々が外野からとやかく言えることではないはず。
2022年3月4日、ボリショイ劇場のカーテンコールで、彼女が見せた涙
「同じ、ボリショイ劇場のスミルノワは、国外退去した」と比較もされますが、体制側から見た重要性(言葉を選ばずにいえば、利用価値)って、恐らく全く違ったのではないでしょうか。
元は、本人も希望してのことかもしれませんが、もう退くに退けないといいますか、家族も危険にさらすかもしれないリスクを負って、決意表明すればよい、国外へ出ればよい、と我々が言うことはできないと思います。
例えば、同じく体制側だと欧米からバッシングを受け、その後、プーチン大統領と距離を置く声明を発表したネトレプコ。
戦争反体派の芸術家を糾弾してきたヴォロージン国家院議長が、彼女を「裏切りでしかない。富と名声への欲望のために母国愛を失った」と痛烈に批判。
ノヴォシビルスクオペラは、ネトレプコが「祖国の運命よりも国際的なキャリアに興味があるらしい」として、出演を取りやめ。 劇場HPには、「今は、より快適な生活のために思想を犠牲にする時ではない。選択の時だ。ロシアには優れた芸術家が数多くおり、国に反対する者は取替可能だ」とする声明を出していました。
自分が同じ立場となった時、心の中で、人として正しい道は分かっていても、あらゆるリスクを冒して選べるか、と思うと、私は、ザハロワを外部から責める気は起こりません。
彼女のキャリア、果たして幸せだったのでしょうか…。
そして、日本のバレエファンの方が、「ザハロワを見てもよいか…」と決めかねていらっしゃるなら、私は止められません。
だって、これが彼女との一期一会だと思うから。
後から、「あの時、見ておけばよかった…」と後悔しても、時を巻き戻すことはできないです。
ですから、もし迷われている方がいらっしゃれば、私は背中を押したいです。
今の彼女が発信するメッセージを、生で受け止めてから、後で色々考えるのも悪くはないのでは?
最後に、ザハロワの最新映像たちを置いておきます。
「世界が跪くプリンセス」(大昔のバレエ雑誌での紹介文)、生で観た舞台は、決して忘れません。ありがとうございます。
2月21日の「瀕死の白鳥」
4月6日の「ロミオとジュリエット」
2022年11月、恐らく最後といわれた「ジゼル」

まだ迷われているバレエファンの方々へ