今年の日本バレエ界の前半戦は、3大バレエ団が、「ラ・バヤデール」を上演ということで、舞姫の当たり年。
古代インドと思わしき摩訶不思議な王国で、繰り広げられる昼ドラも真っ青な愛憎劇。
戦士ソロル(ダメンズ・グランプリ優勝争い有力候補)が、身分の異なる2人の女性の間で、ゆらゆらと揺れ動くというロクでもないお話です。
でも、曲は盛り上がるし(インド要素はほぼゼロ)、バレエコンクールでも知られる華やかな踊りが次々と出てきて、エレクトリカル・パレードを見たような充実感を味わえる作品。
↓オランダ国立バレエが出している「5分で分かるラ・バヤデール」。オランダ語だけですが、イラストが可愛い😂
そして、一番の見せ場は、「影の王国」。
愛していたニキヤを失い、自暴自棄となったソロルが、阿片でハイになったところ、幻覚の中でニキヤの幻と再会します。
(映画だと、間違いなく「PG12」はいくであろうバレエ作品😅ちなみに、ボリショイではPG12です。)
つい先ほどまでは、古代インドっぽい世界観だったのが、急に「白いバレエ」の世界になるのもミソ。
この群舞のバレリーナたちが、1人ずつ登場し、アラベスクパンシェを繰り返すという超シンプルが故に、群舞泣かせの名場面。
「バヤ坂(影坂?)32」のメンバー(この表現、Xで見かけてからずっとツボ😅)には、大きな拍手が送られます。
実は、この「影の王国」には、プティパがインスピレーションを受けた元ネタがあります。
それがこちら。
ギュスターヴ・ドレという19世紀フランスのイラストレーターが描いた、ダンテの『神曲』を題材とした連作のうち、「天国篇」の1つ。
ドレが描いたロンドンの貧民街の挿絵や、ペロー童話の挿絵はご覧になられた方も多いかと。
ダンテの『神曲』、解説する気力も(知識も)なく、Wikipedia頼りですみません。
そして、1877年初演時は、「影の王国」は、「天上にある光り輝く宮殿」という設定。
バレリーナたちのポーズや螺旋を描くような配列、そして白く浮かび上がる衣装とヴェールが、この『神曲』からインスピレーションを受けていることが、ニキヤを踊ったエカテリーナ・ヴァゼム、舞台を観た思想家アキム・ヴォリンスキー等の記録で触れられています。
この魔法の宮殿で、ソロルとニキヤは再会を果たすわけですが、初演時の台本では、2人の間で次のような会話がされています。
ニキヤ:私は、あなたに誠実なまま、無実の罪で生命を落としました。私の周り(影の王国)をご覧なさい。素晴らしいでしょう?神様は、全てをお与えくださったのです。唯一、あなたを除いては。
ソロル:ああ!あなたのものになるには、どうしたらいいでしょう?
ニキヤ:あの誓いを思い出して!あなたが私に誠実でいるという、あの誓いを!今、聞こえている音楽が、私の影が、あなたを守ってあげます。もし、あなたが裏切らなければ、あなたの魂は、この王国で永遠の安らぎを得るでしょう。
これを読むと、ニキヤってソロルを赦していて、「影の王国」は神の祝福と安らぎを得る場所、という設定だったようです。
最近のバージョンでは、「ニキヤはソロルを赦していないから、ジゼルとは違う」と言われますが、「ソロルと一緒にいたい」設定が初演時のニキヤということなのですね。
2人が「影の王国」で結ばれるということは、振付でも視覚的に表現されています。
ローポホフによれば、ニキヤとソロルが、同じメロディーで、舞台を一周するシークエンス(今はニキヤの振付は、アントルラッセですが、初演時はソ・ド・バスクとジュッテ)は、2人の間の対話、「ニキヤをもう一度手に入れたい」という、ソロルの想いの現れだそう。
ちなみに、「この世とあの世をつなぐ象徴」とされるスカーフを持ったアダージョですが、初演時は、ニキヤのヴァリエーションでした。
ヴェールが天上からつるされており、ラストでこのヴェールは舞台の上へ消えていくという仕掛けが用意され、これが非常に効果的だったそうです。
「影の王国」が、今知られる形へ変更されたのは、1900年のリバイバルでのこと。
「天上の光り輝く宮殿」から、暗いヒマラヤ山脈の岩肌が見える背景へ変更され、64名いたコール・ド・バレエは、48名となりました。(プティパ自身が変更した理由は不明)
この時のニキヤは、あのマチルダ・クシェシンスカヤで、3名の影のソリストの1人がパヴロワという豪華さ。
そして、「スカーフのパ・ド・ドゥ」が登場するのは、1941年のポノマリョフとチャブキアーニの改訂版(マリインスキーバレエで上演されているバージョン)。
あのトゥ―ル・アラベスクの連続は、ドゥジンスカヤが初めて取り入れたもので、幕切れの高速ピケ・ターンも彼女が初代だそうです。
ドゥジンスカヤ&チャブキアーニの「影の王国」
