しばらく更新が途絶えていましたが、東京のバレエ界隈は、「白鳥の湖」と「ラ・バヤデール」で盛り上がっているということで、久しぶりのバレエ雑学シリーズ。

 

バレエといえば、沢山のダメ男が登場することで有名ですが、代表格といえば、「白鳥の湖」のジークフリート王子です。

白鳥と黒鳥という、明らかに見た目から違う2人を取り違えて、永遠の愛を高らかに誓い、騙されたと分かったら、王妃にすがりつく、アホ男の最高峰。

 

↓英国ロイヤルバレエより マカロワ&ダウエルの黒鳥のPDD。

   ドヤ顔で愛を誓うダウエル王子と、「やーい、騙された!」と嘲笑うマカロワにもご注目。

 

 

バレエファンの間では、「バレエの登場人物で最低なやつ格付けチェック」で、必ず上位に出てくるジークフリート王子。

ただ、「白と黒を間違える」というボケをやってくれる、どこか温かい目で見守りたくなるキャラとは違い、世界初演時は、もっと酷い男として描かれていました!

 

 

今では、世界で一番有名なバレエともいえる「白鳥の湖」ですが、1877年の初演時は、失敗したというのも、よく知られたお話。

※実際には、批判の多くは、レイジンゲルの振付が平凡であったことに対するもので、チャイコフスキーの楽曲については、将来性を見込む批評も多かったといわれています。事実、初代「白鳥の湖」は、6年もの間、ボリショイ劇場のレパートリーに入っていました。

 

↓1877年版「白鳥の湖」より

 

さて、1877年版「白鳥の湖」のストーリーは、大筋は類似しているものの、今よく知られている「白鳥の湖」とは、異なる部分もありました。

 

最も大きな違いは、「オデットが昼間は、白鳥の姿である理由」。

 

「え?オデットは、悪魔ロットバルトの呪いで白鳥の姿に変えられていて、真実の愛だけで救われるのでしょ?」と思われた方、初演版では、実は違うのです!

 

元々、オデットは、妖精の母親と、人間の父親をもち、妖精の血筋を引く乙女。

母親の死後(父親が殺してしまったそうです💦)、父親が再婚したのは、邪な心をもつ魔女で、オデットをたいそう憎んでいました。

 

継母に生命を狙われたオデットを守ろうとしたのが、オデットの母方の祖父でした。

自分の娘(=オデットの実母)の死を悲しむ彼の涙は、やがて「湖」となり、祖父は、オデットを森の奥深くへ匿います。

そして、彼女に自由を与えるため、「昼は白鳥の姿で大空を飛び回り、夜は彼の庇護下で、自由に過ごせる魔法」をかけたのです。

 

つまり、オデットは白鳥の姿に囚われているのではなく、自由を得るための手段として、白鳥の姿を与えられている、という設定でした。

 

 

↓初代「白鳥の湖」で、オデットを踊ったバレリーナの1人、アンナ・ソベシチャンスカヤ。(政府高官を巻き込む恋愛スキャンダルで、初演キャストを降ろされたとか)

 

 

ところが、継母は、オデットが魔法で守られていることを探しあて、梟の姿で、彼女たちを見張っていました。
オデットに手出しはできない理由は、オデットの頭上で輝く王冠。
これは、祖父が与えたもので、これを身につけているかぎり、祖父の魔法がオデットを継母から守ってくれるのです。
 
そして、オデットが愛する人と結婚すれば、邪悪な継母から永遠に解放されるとされていました。
 
第2幕で、人間の姿に戻ったオデットとジークフリート王子が出会い、王子が「君を幸せにしてあげるから、舞踏会に来てよ!」と誘うのは、今の「白鳥の湖」と同じ。
 
そして、第3幕、継母の策略で、舞踏会に登場したのは、騎士ロットバルトと娘のオディール。
ジークフリート王子は、すっかり彼女をオデットだと思い込み、彼女に魅了されてしまいます。
 
↓1895年のプティパ蘇演版でのロットバルト。怖すぎ😅
 
 
実は、王子に同行したベンノも、オデットに出会っており、オディールとオデットは全くの別人であると忠告しますが、王子は聞く耳をもたず、そのまま愛を誓ってしまいます。
すると、ロットバルトは悪魔へと姿を変え、宮廷に梟とオディールの高笑いが響き渡ります。
そして、窓の外には、哀しみにくれる、王冠を戴いた白鳥の姿が。
パニックに陥った王子は、慌ててオデットを追って湖へ向かいます。
 
第4幕、絶望したオデットを追って、ジークフリート王子が駆けつけてくるまでは同じですが、ここからが衝撃。
ただ、オデットは、自分には王子を赦す力はなく、もう2度と会えないと伝えます。
 
ここで、王子がまさかの逆ギレ!
「いや、僕たちはずっと一緒にいるんだ!」と、オデットの王冠を奪い取り、湖へ捨ててしまいます。
守りの魔法を失ったオデットは、王子の腕の中で生命を落とし、2人は湖の底へと消えていきます。
そして、それを見ていた梟(継母)が勝利して、終幕。
 
いやはや、初演版の王子、ただのヤバい男です😅
自分が間違っておいて(しかも、友人が別人だと教えてくれたのに)、拒絶されたら殺してしまうとは!
 
そして、初演版では、オデットも現実的な性格で、第2幕で王子が愛を誓った時も、直ぐには心を許しません。
「翌日の舞踏会で、他の美女を見たら、私のことは忘れてしまうでしょう」というロマンティック度ゼロの回答。
それでも、王子が「絶対に君を愛するんだ!」と誓ったため、その愛を受け入れた上で、「継母が絶対に邪魔をするから、気をつけるように」と忠告する設定でした。
 
こうした冷めた(笑)主人公たちの性格は、1895年のプティパ蘇演時に改変されました。
 
オデットは、妖精から人間の乙女となり、悪魔の呪いで白鳥の姿に変えられている囚われの身に。
祖父や継母のくだりも省略され、魔法の王冠は、彼女が王女であると証明する役割へと変わりました。
 
傲慢で美女好きだったジークフリート王子も、より王子らしい高貴な性格へと変更され、「おとぎ話の王子様」へ。
成人を前に、真実の愛を求めるロマンチストであり、「オデットを救う」という使命感に燃えるヒーローとしての一面が強調されました。
オディールへ愛を誓うのも、「ただただオデットだと思い込んでいた」という、悪魔の計略にハマった犠牲者(愛すべきアホ)という理由が追加され、「別人と分かっていても愛を誓う」という最低男ではなくなったのです。
 
 
というわけで、バレエファンの皆様、次に「白鳥の湖」をご覧になる際は、ぜひ「温かい目で」王子を見守ってあげてください。
これでも、ちょっとはいい男へ進化したんです(笑)
 
ちなみに、1877年のレイジンゲル版を基にした「白鳥の湖」は、日本で上演されていたことがあります。
野間バレエが、ピエール・ダルド振付で上演していた「白鳥の湖」は、初演の台本を基にしており、終幕ではジークフリート王子がオデットの王冠を湖へ捨ててしまうストーリーだったと、「バレリーナへの道」で読みました。