日が経ってしまいましたが、3月5日は、パリ・オペラ座バレエの元エトワール、パトリック・デュポンの命日でした。
61歳、あまりにも早すぎる死で、映像でしか知らない私でも、大ショックを受けました。
3月5日は、パリ・オペラ座バレエの元エトワール、パトリック・デュポンの命日。
— バレエ好きの経理担当者 (@VumnujewAd8EPFA) March 5, 2024
「恐るべき子ども」と呼ばれ、圧倒的な技術、無邪気な奔放ぶりで、オペラ座の伝統に収まりきらなかった大スター。
映像でしか知らない世代ですが、早すぎる死に涙したほど、大好きでした。https://t.co/qNKkZvnYZY pic.twitter.com/PnO8HBzfQP
母も、「今覚えば、踊りが雑だった気もするけど」と言いつつ、大好きだったようで。
パトリック・デュポンが凄いのは、「バレエを知らない」人までその名前が伝わっていたこと。
母が留学中、バレエのバの字も発したことがない友人が、「パトリック・デュポンは、観ておきたい」と言い出して、母がオペラ座でチケットを買う羽目になったとか。
あと、祖父も、彼を目当てにチケット売り場に並び、ちゃっかり良い席をゲットしてくるミーハーぶりを発揮、母が呆れたそうです。
(ちなみに、祖父は「トム・クルーズが登ったブルジュ・ハリファに泊まりたい」とか言い出すミーハーでした😂)
↓当時のプログラムとキャスト表。今も実家にあります。
1986年パリオペラ座での「ドン•キホーテ」。
— バレエ好きの経理担当者 (@VumnujewAd8EPFA) February 23, 2023
当時パリ留学中の母を訪ねてきた祖父、日本ではバレエを観ていなかったのに「パトリック•デュポンが観たい」と言い出し、チケットを買いに並びに行ったそう。
ちゃっかりいい席を買ってきたらしく、母は「意外とミーハー」と呆れていました(笑) pic.twitter.com/Setlriw2Pt
圧倒的な技術力もそうですが、観る人の心をつかむチャーミングさ、こちらの心も踊るようなワクワク感、「舞台の上では自由だ!」とでも言いたげな自己表現が、デュポンの魅力に思えます。
それは、ミハイル・バリシニコフや熊川哲也氏にも、共通するものかもしれません。
抜群の人気を誇っていたパトリック・デュポン、きっと神様から天上のバレエ団へのお誘いがあったのだろうと思うことにします。
一際輝いていたパリ・オペラ座のエトワールは、今や本当の星となって、空を駆け巡っていることでしょう。
パトリック・デュポンが大好きだった皆様へ、掘り出した映像をどうぞ。
名女優リリアン・ギッシュとの「薔薇の精」。
「ニジンスキーの再来」とも呼ばれたパトリック・デュポン、ちょっとした腕の動かし方が、「ニジンスキーの白黒写真が動き出したら、こうだったのでは?」と。
ジョン・ノイマイヤーが、パトリック・デュポンのために創作し、当時21歳のデュポンが、エトワール任命された作品である、「ヴァスラフ(Vaslaw)」。
モーリス・ベジャールが、かつてルドルフ・ヌレエフに振付した「さすらう若者の歌」。
パトリック・デュポンと大親友のジャン=マリ・ディディエールとの共演。
マルセイユバレエ来日公演でも披露された、「長靴をはいた猫」(ローラン・プティ)。
パトリック・デュポンといえば、これを覚えていらっしゃる方もいるようで。
イザベル・ゲランとの「グラン・パ」。世界バレエフェスティバルでも披露された作品。
名物のおふざげガラは、ここから始まった?
シルヴィ・ギエムの「海賊」よりアリのヴァリエーション、そしてパトリック・デュポンの「ジゼル」😂
パトリック・デュポンとモニク・ルディエールの「ドン・キホーテ」。
レニングラード国立バレエ来日公演の映像。