今思えば、母親に頼みこんで塾に通わせてもらっている以上、休みたいなど言語道断ですが。。。

 

中学生の私はなんとなくその日塾に行きたくなく、母親に休ませてほしいと伝えました。

 

「行きなさい」

「行きたくない」

の押し問答を続け、それが父親の耳に入りました。

 

すると父親は私の部屋に入り、無言で私のiPhone5sを回収し去っていきました(生意気にすみません)

 

父親を呼び止めようとした瞬間、父親は私のiPhone5sを渾身の力で地面に叩きつけ、叩きつけられた弾みでiPhone5s君は宙を舞っていました。

iPhone5sはガラケーのように画面と本体がパカパカになってしまったのでした、、、

 

その時のショックは今でも忘れられません(笑)

今思えば怒られて当たり前のことですが(笑)

 

兎にも角にもこの出来事から父親との関係は最悪になっていきました。

 

 

この出来事を今回はあえて当事者としてはなく、客観的に分析していきたいと思います。

 

話は脱線しまして、この前読んだ本には物事を定量的に捉えることの重要性が示されていました。

どれくらいお腹が空いたのか

どれくらい嬉しいのか

といったことを数値(例えば十段階評価)で表すことで、自分にとって何が大切か見えてくる、ということですね。

 

車の任意保険でも似たような考え方をしますよね。

いわゆる過失割合です。

 

こんな感じで父親と私の行動を10段階の数値で評価していきたいと思います。

 

私がとった問題行動(サボりたい)

 

父親の怒りの感情

 

これくらいのイメージです。

当然、この出来事が起こる前に余計なことをして父親の逆鱗に触れかけていたことがあったのかもしれませんが、それはまた別の話ということで(笑)

 

つまるところ、

私:父親=4:7

という比率になりますね。

 

父親が激怒することも最もです。

ただ、私の当時の感覚としては、恐怖というか嫌悪感というか、「え、そんな怒る?」といったドン引きというか

素直に反省ができなかった訳です。

 

こういった感情を私が持った原因は、私の行動に対して父親の怒り度がマッチしていなかったからだと私は考えます。

 

この問題行動に対するこの罰則(叱る行為)が本当に妥当なのかといったことを子供ながらに感じていたのでしょう。

 

当然、恐怖感を与えることも子供の教育に重要なことではあると感じます。

ただ、恐怖だけで終わってしまっては、せっかく体力を使って怒っているのに勿体無いような気がします。

 

みなさんの教育論、ぜひお聞かせください。