あけましておめでとうございます。

おもち。ですほんわか


もたもたしていたら年が明けてしまいました・・・


去年の8月から始めたこのブログも、気づけば5ヶ月目。何ということのない雑多な日々を綴ったブログを読みに来てくださってありがとうございますおねがい


書きたいことはたくさんあるのですが追いつかず・・・間隔が開いてしまうことも多々あると思いますが、今年もどうぞよろしくお願いしますキラキラ


もう去年の話になってしまいますが、ずっとずっと観たかった映画を観てきたのでその感想を。


映画のタイトルは「ペリリュー楽園のゲルニカー」



戦争映画は、割と興味がある方ではあるのですが。この作品を知ったきっかけは、主人公の田丸くんの声を板垣李光人くん、親友の吉敷くんの声を中村倫也くんが担当するというニュースから。


基本的に、声優さんによる声優がいいタイプなのですが、今回は推しの俳優さん2人だし、可愛らしいイラストで描かれる戦争アニメに興味を引かれましたキョロキョロ



可愛いイラストだから成立する作品

「ペリリュー楽園のゲルニカー」は、太平洋戦争末期のペリリュー島を舞台に繰り広げられた、日本軍とアメリカ軍の戦いを描いた作品です。



英雄がいない戦争

映画の公開に先駆けて、ヤングアニマルで無料開放されている原作を読み進めてます。全話無料ではないのですが、ミッションをクリアすれば毎日4話くらいずつ無料で読めるのでサクサク読み進められます。



ここから先、映画・原作共にネタバレがあるので、見たくない方は映画を観てから戻ってきてくださいねおねがい


これは原作を読んでみての感想なんですが、この物語には英雄がいない、というのが強く印象に残ってます。


この作品は、功績係として兵士たちの生き様を書き留めた田丸くんと、彼の心の支えとなった親友・吉敷くんをメインに描いたストーリーです。


田丸くん目線で描かれるこの作品は、果敢に戦いに挑む人を称える訳でも、家族を命懸けで守る物語でもありません。


ただ、その時代を生きた若者が、戦争に駆り出され、何が正解かも分からぬままに戦って命を落とすだけ。そこに描かれた死は、悲しいほどにあっけなく、虚しいものです。


最初に死んでしまう小山くんは、スコールの雨を利用して身体を洗っていた時に爆撃に遭い、逃げようとして足を滑らせ、石に頭をぶつけました。


敵をやっつけた訳でもなく、ただの犬死に。仲間の兵士からも冷ややかな目を向けられます。


他にも、死を目前にして意識が朦朧としている仲間が握りしめた銃が暴発し、その弾に当たって死んでしまう上官や、飢えで亡くなる人、腐った食料を食べて亡くなる人、潜伏していた壕を燃やされて焼け死ぬ人など、そのほとんどが、戦わずして死んでいるのです。


意味もなく人が死ぬというリアル

この作品は、ペリリュー島の戦いを生き延びた人たちから聞いた話を元にしたフィクションです。フィクションにした方が描けることがあると考えて、ノンフィクションではなくフィクションにしたそう。


なので、この作品に描かれてることがどこまで戦時中の出来事とリンクするのかは分かりません。でも、フィクションだからこそ、「こんなことがあったのかも」「こんな風に思っていたのかも」と想像することができ、想像を働かせることにこそ意味があるのだと私は思いました。


タイトルにある通り、南の国の美しい島を舞台にした激しい戦争。島の自然を破壊し、人の生活を壊し、戦争が終わってもなお、2年ほど潜伏を続けた日本兵たち。


「日本が負ける訳がない」という思い込みが生み出す悲劇が、そこにはありました。


敗北が許されない戦い

沖縄戦などもそうですが、戦争に勝てそうにない時、投降は許されませんでした。勝つか、潜伏するか、玉砕するか。


体力も気力も兵力も食料も、時が経てば経つほどすり減り、兵士たちを取り巻く環境は悪化していきます。戦いではなく、飢えや病気、裏切りなどによる制裁によって仲間が死んでいく日々は、まさに地獄のよう。


戦っているのは、ごく普通の若者たち

中には、誇りを持って戦いに挑んでいる人もいますが、ほとんどの人は、お酒が好きで、賭け事が好きで、年相応に異性に興味があり、死ぬことが怖い人たち。


どんなに立派で、しっかりしているように見えても、享年はほとんどが20代前半なのを見て、戦争の悲惨さを改めて思い知らされました。


普通に夢があって、やりたいことがあって、好きな人がいる人たちが、戦場に駆り出され、戦い方もロクに知らないままに死んでいくのが、戦争です。


死にたくないとも言えず、でも本当は死にたくない人がたくさんいて。


日本に帰りたいけれど、そんなことは言えないまま、死んでいく。


人間の尊厳が失われ、勝っても負けても地獄のような日々が続くのが戦争なのだと知りました。


原作と劇場版の違い

原作は87話あるのに対し、劇場版は2時間しか枠がないので、かなり端折っている部分はあります。


投降の理由が不明瞭

ペリリュー島でアメリカ兵と激しい戦闘を繰り広げた日本兵は、戦況が悪化しても投降せず、自決もせず、島に潜伏していました。


その中で、彼らは薄々、戦争が終わっているのでは?ということに気づいていきますが、上官である島田少尉はそれを認めません。


やがて、食糧不足などにより病気で死んでいく仲間の姿を見かねた吉敷くんが、自分一人で投降する計画を立てます。もしもアメリカ兵の捕虜にされるような場合には自決するし、本当に戦争が終わっているのなら、仲間を説得して投降させ、これ以上無駄に人を死なせたくないと考えてのことでした。


この部分が映画ではカットされているため、命懸けで吉敷くんが投降を計画した理由が分かりにくいのです。


田丸くんも賛同しますが、仲間の密告により、2人の投降計画がバレて監禁。やがて脱走しますが、島田少尉に撃たれて、吉敷くんは死んでしまいます。


もちろん、冷静に考えて、戦争はおそらく終わっているのだから投降して保護を求めるのは理解できるのですが、戦時中の日本兵の考えや、投降=裏切りという構図が明確に描かれていないので、少しもったいない気がしました。


島田少尉の心理が不明

島田少尉は厳しい上官ですが、非常に仲間思いで、自分の判断一つで部下が死んでしまうことに胸を痛めています。


米軍から武器や食料を盗むシーンなどがありますが、作戦実行中に敵に見つかり襲撃を受けることも。そんな時には、自分の判断ミスだと強く自分を責めていました。


賭け事をきっかけに内輪もめが始まり、仲間同士の喧嘩が勃発した時も、賭け事を禁止したり、島民の女性に対して兵士たちが手を出そうとした時には、罰として監禁しました。


一般人を巻き込まないと固く決めており、自分たちは無法者ではないと、激しく叱責しています。しかし、娯楽を取り上げた結果、脱走者が出たり、監禁した兵士たちが、拘束時に受けた暴力が元(と思われる)で死んでしまったりする度に、やり方が間違っていたのかと自問自答。


映画では、このような苦悩が描かれていないので、やや冷酷に見えてしまうのが少し残念でした。島田少尉は吉敷くんを撃った時、自分が撃たれていないことに気づいていますし、自分が吉敷くんを殺したことも分かっていると思います。そして、投降が正しかったことも。


多くの日本兵が日本に帰る船に、島田少尉は乗りませんでした。吉敷くんを撃ったあとに気を失い、倒れていたところを島民に保護されたのち、名前を偽り、生涯日本に戻ることはありませんでした。


これは、正しい判断をした吉敷くんを殺してしまった自責の念ではないかと、私は思っています。吉敷くんは自分が助かりたいからではなく、仲間のためを思って命懸けで投降しようとしていた。


それを自分の誤った判断で死なせてしまった罪の意識は、言葉にできないほど重いのでしょう。田丸くんは後年、ペリリュー島を再訪して、島田少尉に会っていますが、恨み言は言いませんでした。


本当は、なぜ吉敷くんを殺したのかと言いたい気持ちもあったと思います。戦争は2年も前に終わっていて、吉敷くんが死ぬ理由なんて一つもなかったのに。


それでも田丸くんが島田少尉を責めなかったのは、彼がお人好しだからではないと思います。島田少尉の人柄を知っているからこそ、あの判断に至るまでの覚悟や後悔などを感じていたのではないでしょうか。


私も、絶対に吉敷くんには生きていて欲しかったけど、「なんで?」と思ったけど、島田少尉を憎むことはできませんでした。たぶんこの人は一生、その罪を背負っていくんだろうと思うから。


そんな島田少尉の人柄がやや伝わりにくいのが心残りでした。


小杉伍長の心情

小杉伍長も、吉敷くんと田丸くんの投降作戦に手を貸した一人です。元々は一緒に行動していましたが、軍の食料を盗んで消え、その後一人で行動したり、都合のいい時にだけ仲間と合流したり。


世渡り上手ではあるものの狡猾で、いまいち信用のおけない人。そんな小杉伍長はかなりしぶとく、この戦争を生き延びていました。


原作では、一人でいる時に落石に遭い、指を挟まれて動けなくなった際、指を切り落として重症を負います。それまでは飄々として、あまり感情の読めない人でしたが、日本に残してきた奥さんと子供に情があることを、この時に初めて知りました。


基本的に人に手は貸さないタイプなのに、吉敷くんと田丸くんの投降という危険な計画に手を貸したのは、いつ帰れるかも分からない日々に嫌気がさしたのかもしれません。


手の傷が膿んできたことで、死ぬ可能性を考えたのかもしれません。だから小杉伍長は、部下たちに酒を差し入れ、飲ませます。ただし燃料用のアルコールを。


次々に仲間が倒れ、その混乱に乗じて吉敷と田丸は脱走に成功。その際、2人が脱走に成功した様子を伺っているのを見つけた片倉兵長と殺り合いになり、小杉伍長は亡くなります。


個人的には、どうやってでも日本に帰りたくて、2人の脱走を助けたのではないかと思ってます。映画では妻子に向けての気持ちが読み取れないため、命懸けで2人の脱走を手伝った理由が分かりにくくなってます。


特別連載との違い

ちなみに、「ペリリュー ―楽園のゲルニカ―」は全87話ですが、それとは別に特別連載があります。


違いは、田丸くんと吉敷くんの関係。通常連載の方では、田丸くんは「吉敷くん」と呼んでいますが、特別連載では「吉敷兵長」と呼んでます。


2人の関係も、親友よりは遠い、仲間同士という感じ。そして、吉敷くんの死因も違います。投降しようとして捕まり、脱走する所までは同じですが、特別連載では島田少尉から逃れた先で不発弾を踏み、亡くなっています。


余韻がある分救いのある通常連載

個人的には、通常連載の死因の方が好きでした。田丸くんの言う通り、吉敷くんが不発弾を踏むなんてヘマをして欲しくない(必死で逃げていたとは言え)。


そして、通常連載では島田少尉に撃たれて負傷し、その後亡くなるのですが、自力で歩けなくなり、休ませようとした時にはもう・・・というような状態でした。そこで田丸くんは、吉敷くんを置いて一人で投降し、安全が確保されてから迎えに来ると約束するのです。


けれど戻って来てみると吉敷くんの姿はなく、遺体がどうなってしまったのか、最後まではっきりとは描かれませんでした。けれど、おじいさんになった田丸くんが病室で夢を見て、ワニと一緒に海へ入っていく吉敷くんがこちらを振り向きます。


その時に田丸くんがぽつりと言った、「今度は君が僕を探しに来てくれたのかい 吉敷くん」というセリフに、なぜだかすごく救われました。


吉敷くんは遠い昔に死んでしまったけれど、ずっと会えなかった友達が迎えに来てくれたのなら、それはとても幸せな最期じゃないかなと思うのです。一緒に生きて日本に帰るという約束は叶わなかったけれど、こうしてやっと2人が会えたのかもしれない、と思える余韻が、すごくあたたかいなぁと。


どうか今度こそ、2人で仲良くお喋りをして、楽しい時間を過ごして欲しいと願ってしまいます。


共通するのは戦争の虚しさ

原作では敵の遺体をいたぶったり、金歯などを持ち去るシーンなどが描かれていましたが、劇場版ではカット。えぐいシーンは概ねカットされていた印象です。

島田少尉に思いを寄せる泉くんも、原作では捕虜にされそうになって逃げようとしたところを撃ち殺されていますが、劇場版では病死でした。

センシティブな表現が減っているものの、この作品で伝えたいのは戦争の悲惨さ、残虐性よりも、意味もなく人が死ぬ虚しさだと個人的には思うので、一番伝わって欲しいメッセージは伝わったのかなと思います。

戦争が終わったのに潜伏し、病気になって死ぬ人も、裏切り者として仲間に粛清される人も、もはや意味はない。死ななくていい人が意味もなく死ぬのが、戦争なんだと思い知りました。

吉敷くんだって、まったく死ぬ必要なんかなかったのに。せっかく戦争を生き延びたのに。投降して、みんなで日本へ帰れたのに。

日本へ帰った先に幸せがあったかどうかは分かりません。それでも、「日本へ帰りたい」という願いは、叶えられたはずです。

人が当たり前に願う小さな幸せも踏みにじられるのが戦争で、その死はあまりにも無意味で虚しく、哀しいものでした。

だから戦争なんて二度と起こしちゃダメなんだと思うのです。それでも、今この瞬間にも戦争は続いていて、戦後80年の節目を迎えて、むしろ悪化しているのは、とても虚しい気持ちです。

歴史は巡ると言うけれど、80年経って、いよいよ戦争の記憶が薄れてきているのか。そもそも世界ではずっと戦争や内戦がある訳で。

いざと言う時、人は手を取り合える生き物なのに、便利になると奪い合いたくなる生き物なのでしょうか・・・。

一人一人が考える力は、影響力は小さいかもしれないけれど、こんなに普通の若者たちが意味もなく死んでいく戦争の虚しさを知るだけでも、立ち止まって考えるだけでも、大きな意味があると思います。

この手の作品はすぐに上映回数が減ってしまうけれど、本当に観るべき作品だと思ったので、長々と感想を書いてみました。

3等身の可愛いイラストだからこそ描き出せるえげつなさ。フィクションの先にあるリアルな人の感情に触れてみて欲しいです。