カメルーンでの生活も残り半年となってしまった。
バカンスの多いこの国で、あと本格的に活動できるのは約三カ月程度。最後まで、同僚たちと一緒に活動を楽しむことが出来たらいいなと思う。
年末年始、日本は寒かったのだろうか。あの肌を切り裂くように鋭い風は相変わらず吹いているのだろうか――二年も日本の冬を体験していないので、帰国してからが非常に不安でたまらない。
こちらは現在乾季で、日中は常に摂氏27度以上である。強烈な太陽光に洗濯物は一瞬で乾くが、少し歩くだけで汗まみれになる陽気の大晦日だった。除夜の鐘は鳴らず、教会で携帯電話を見つめていたある人が「あけましておめでとう!!!」と叫んだのが合図だった。
プロテスタントの教会で0:00まで祈りを続けて、日付が変わった瞬間に全員が抱擁やキスで挨拶をする。ある人はカトリックの教会へ、またある人はモスクへ、きっと私の同僚は村か自宅で彼の身内とのんびり酒でも飲みながら新年を迎えたのだろう。
Bonne annee!!!と何度も何度の叫びながらどこからともなく流れてくる音楽に身を任せて踊り狂う。小さな子どもたちも今日だけは特別に夜更かしが許される。真っ暗な夜道を駆け抜けて甲高い笑い声が響く。
町中のバーが賑わい、ビール瓶を持った若者たちがぶらぶらと歩いている。いつも虫の声しか聞こえない闇夜に、いつまでもいつまでも、クラブの音楽や生演奏の音色が響いている。
美しい満月が夜道を歩く我々に影を落としている。冷たい風が吹いて、街の喧騒が嘘のように静まった住宅街が佇んでいる。眠ることも忘れて、太陽が昇る前に丘の上から初日の出を拝もうということになった。
元旦の日の出は6:20頃を予定していたのだが、雲にかかって肝心の太陽が見えず、みるみるうちに空が明るくなってしまった。靄のかかったムバルマヨの街の輪郭が露になり、鮮やかな森の緑や、街の間をうねっているニョン川がいつも通りそこに在る。
結局8時前になってやっと、雲の間から強烈な光を発するご来光を拝むことが出来た。
*
さて、正月というと、日本ではおせち料理や雑煮を食べるのが伝統であるが、カメルーンはどうなのか。実際のところ正月に食べる特別な食事というのは存在しないらしい。
ただ、家族と共に過ごすので、たくさんの料理を作り、皆で分け合うというのが慣わしだそうだ。
そんなわけで、今年は私もカメルーン人になってみることにした。
カメルーンのお母さん、ママ・ブリジットのお家へお邪魔し、寝不足の中以下のメニューを作った。
・ボワソンブレゼ(魚の炭焼き)
・プレブレゼ(鶏肉の炭焼き)
・プレ・ロティ(ローストチキントマトソース風味)
・ンドレ(ンドレという葉とピーナツソースを和えたもの)
・バナナマラクセ(熟していないバナナをピーナツソースと魚の燻製と赤い油で煮込んだもの)
・サラダ(人参・キャベツをスライスして塩もみしたものをゆでたまごと盛り付け、マヨネーズ・マスタード・酢・大豆油でドレッシングを作る)
カメルーン料理は「ンドレ」と「バナナマラクセ」で、後はヨーロッパ風の料理である。しかし炭焼きした肉には、カメルーンならではの調味料、Condiment Vert(緑の調味料という意味で、セロリ・パセリ・ネギ・玉ねぎ・ニンニクなどを混ぜ合わせて茹で、塩コショウと油で味付けをしたソース)をふんだんに使った。
朝から5人がかりで料理をしたにもかかわらず、全てが終了したのは夕方の五時ごろ。「食べるためにはまずね、苦しまなければならないのよ。」ママは言った。
招待客(隊員)
*
飛ぶように年末年始が過ぎ、また学校が始まった。
いつも通り白いシャツと青緑色のズボン・スカートに身を包んだ、ちょっと不貞腐れた年ごろの中学生たちが朝礼に並んでいる。初日は、遅刻者が裏門にごった返していた。
さて、あと数か月、私のできる範囲のことを精一杯やらせてもらおうと思う。何よりも、同僚と子どもたちと一緒に楽しむ事――その二つができるようにがんばろう。
学校は始まったのだが、年末年始に旅をせず、今更旅をすることになってしまった。定期的に旅行をしないと落ち着かない性分なのかもしれない。
以前クリビという街に一緒に行ったドイツ人のSarahちゃんが大学での研究ミッションを終えて、現在カメルーン西部を観光したいと言っており、他に誰も一緒に行く人がいないということで、二人旅をすることになったのである。
知り合ってまだ日も浅く、日本人とドイツ人の気質や文化の違い、あるいはぴょんとサラの性格の違いについて受け入れがたい部分があったからなのかもしれない――細かいことは忘れることにして、ともかく勉強になったのでよしとする。快く受け入れてくれた隊員に感謝です。
西の気候はムバルマヨやヤウンデと違ってとても涼しく、朝晩は上着がないと寒いくらいである。塵の舞う道を四席に五人が座るバスで移動しながら、大学や博物館、滝やシェフェリー(西部のバミレケ族には特有の王権制度があり王様と彼らの家族の家を指す)を見てきた。知らないこと・理解できないことを分かるまで放っておけない彼女の真面目さによって、博物館を4時間近く廻ったことは今では良き思い出である。
*
まだ冷え切った朝もやの中を走るバス――車窓に広がるのは豊かな緑に身を包んだ山脈。塵か霧によって先が見えない森と、突如現れるバオバブのような大きなつるりとした木
子どもたちがバケツを頭に乗せて道路沿いを歩いていく
古い教会、焚火の煙、砂壁の家、茣蓙の上に広げられた果物や野菜――
車窓は延々と異なった景色を私の眼のまえに持って来る。
家路につくころにやっと、長らく書かずに放っていたカメルーンの景色を思い出していた。







